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人物

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金兵衛 きんべえ

佐渡島相川(相川町)で金兵衛という陶工が一時製陶に従事ししました。その作は信楽に酷似しています。おそらくは新保(金井町新保)の権兵衛が信楽から招致した工人中の一人であるでしょう。(『日本陶器目録』)
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空也 くうや

中興名物。後窯茶入、新兵衛作。瓢を叩いて念仏踊をした空也上人の故事に因んでの銘であるだろうといいます。瓢箪茶入で総体黒鼠地色、口縁下に凹みがあるようで、裾廻りに縦四本・横五本の筋が打ち違って網目をなし、腰廻りから底半面にかけて黒鼠色に赤味を...
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金花山宗兵衛 きんかざんそうべえ

京都五条坂の陶家青木宗兵衛の号。金花山を錦光山に誤まっ穴ものがありますが、これは別人であります。(塩田力蔵)※あおきそうべえ
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錦光山 きんこうざん

京都粟田(東山区)の陶家。粟田陶工の旧家の一つで、慶長(1596-1615)の頃よりすでに製陶に従ったといいます。正保の頃(1644-8)初代小林徳右衛門が粟田口に窯を築き鍵屋と号しました。二代もまた徳右衛門といいます。元禄年間(1688-...
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暁山 ぎょうざん

京都粟田焼の陶家。二百数十年来の名家であったが1877年(明治一〇)暁山忠兵衛の死後断絶しました。(『日本陶甕史』)
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供春・襲春 きょうしゅん

中国宜興窯の陶工。宜興の陶工で有名になったのは供春を最初とします。明代万暦(1573-1619)の人。金沙寺の僧に陶技を受けて沙壺を製造し、その巧技によって賞賛されましました。(『陽羨名陶録』)
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杏圃 きょうほ

明治初年の陶画家。姓は服部。椿山派の画工で早くから陶画の改良に志し、1869年(明治二)には鍋島閑叟の命により肥前有田で錦手画法を教授しました。写生を主として淡彩水墨とも絹紙同様に描き出し、同時に名物裂の模様を応用しました。1873年(明治...
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暁嵐雅製 ぎょうらんがせい

中国甕器の款識。紀暁嵐は清朝乾隆期(1736-95)の人。暁嵐雅製の款識は一字を13、4ミリの大楷書につくり、上下左右に四宇を分列し四つの円圏でこれを囲んでいます。緑地の開光に紅字で記し、ほとんど花絵はないようです。質は極めて螢潤でまさに乾...
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清水七兵衛 きよみずしちべえ

京都の陶工。二代清水六兵衛の甥。作品は六兵衛と同性質のもので、銘印がないと六兵衛の作とみなされてしまう程のものであります。印は草字の「七兵衛」、七稜内の「清」字などがあります。器は皿・鉢などの雑具や水指・茶器類などがあります。
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久楽 きゅうらく

本名弥助、享和年間(1716-36)の人。近江国坂本(滋賀県大津市坂本)の木村平兵衛の七男でありましたが、千家に出入りし楽焼きを始め、赤楽に最もすぐれていましました。のち剃髪して啄元と号し八十三歳で没した⑩⑩二代弥助もまた父に劣らない巧手で...