お話 棚倉窯 だなくらがま 磐城国白川郡棚倉(福島県東白川郡棚倉町棚倉)にあるようで、旧領主小笠原長昌の時にすでに陶業が行なわれていましたが、1818年(文政元)その肥前唐津への移封と共に中絶しました。次いで安政年間(1854-60)松平周防守の代に再び起業されました... 2011.07.03 お話原色陶器大辞典
お話 田代助作 だしろすけさく 肥前有田の陶商。早くから外国輸出に注目し安政年間(1854-60)に長崎に支店を開き、1860年(万延元)には佐賀藩から有田磁器外国輸出の専売を許され、1866年(慶応二)フランス博覧会に輸出し、1868年(同四)中国上海に支店を設け、18... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 立華井戸 たちばないど 名物。朝鮮茶碗、名物手井戸。もと加賀藩人聖寺侯松平飛騨守所持、諸家を経て三井元之助家に入りました。(『古今名物類聚』『大正名器鑑』) 2011.07.03 お話原色陶器大辞典
お話 棚積 たなずみ 登窯の詰め方の一つ。耐火粘土製の角板と円柱とで棚を組み立て、その間に品物を置き並べて焼成します。また角板を円盤にし円柱を中心にして積み重ねる方法があるようで、これを天秤積といいます。これらの板をエブタと称し円柱をツクといいます。エブタとツク... 2011.07.03 お話原色陶器大辞典
お話 田代清治右衛門 だしろせいじえもん 福島県相馬市中村の相馬駒焼の創始者。初名五郎左衛門信清(五右衛門・源五右衛門ともある)。野野村仁清に学んでから清治右衛門と称したと伝えられます。相馬焼開創の年代には異説が多い子孫が継業して十四代に及んです。なお十一代清治右衛門為清は1867... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 立花実山 たちぱなじつざん 筑前国(福岡県)黒田藩の臣。茶道南坊流の祖。名は重根、通称五左衛門。実山のほかに宗有とも称し、松月庵・而生斎・来也堂・寸魚堂の諸号があります。藩主光之に用いられ累進二千五百石を給されました。光之の世子綱之が廃嫡となった時実山は綱政を擁立しま... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 田代紋左衛門 だしろもんざえもん 肥前有田の人。1842年(天保一三)に許可された久富与次兵衛に次いで外国貿易を許され、もっぱら弟慶右衛門らに当たらせたが、ひそかに貿易品を三川内窯につくらせ、これを有田で絵付して肥喋山春甫製の銘を付したので、同地窯焼業者は憤慨し、深海政之助... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 橘茶入 たちばなちゃいれ 唐物茶入。橘の形に似ているのでこの名があります。土は紫色、糸切は尋常で、胴に橘のように葉を切ってあります。地釉は薄黒色の柿に梨地があるようで、上釉は黒釉。この口造りは世俗に出没口といいます。(『茶器弁玉集』) 2011.07.03 お話原色陶器大辞典
お話 七夕 たなぱた 中興名物。金華山茶入、真如堂手。銘は一年に一度ぐらい取り出すほどに貴重な茶入という意味でもあるでしょうか。小堀家所持、神尾若狭守元珍、和田晋兵衛を経て、大正初年に名古屋の中村太郎家に入りました。(『大正名器鑑』) 2011.07.03 お話原色陶器大辞典大正名器鑑茶入
お話 田耕焼 たすきやき 長門国豊浦郡田耕村(山口県下関市豊北町田耕)の磁器。北浦焼ともいいます。1854年(安政元)和田孫四郎の開業で、肥前の工人勇吉が創業に関係しました。1897年(明治三〇)当時の製品は手塩皿・茶碗・徳利・丼などの雑器でありました。(『府県陶器... 2011.07.03 お話原色陶器大辞典