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平手肩衝 ひらてかたつき

平手肩衝 ひらてかたつき名物。古瀬戸肩衝茶入。平手政秀所持、藤田家旧蔵。(『茶道名物考』
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平窯 ひらがま

瀬戸系諸窯のうち赤津窯・品野窯で用いられた称。1610年(慶長一五)赤津窯の仁兵衛・唐三郎、品野窯の新右衛門・三右衛門らは美濃国(岐阜県)から尾張国(愛知県)に召還され、それぞれ登窯を築いた。これを御窯家と呼び、これに対し在来の窯家を平窯と...
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平賀源吾 ひらがげんご

讃岐国志度(香川県大川郡志度町)の陶工。源内の甥。宝暦年間(1751~164)源内は長崎で得交趾法の陶技をもっぱらこの源吾および五番屋伊助に伝えた。源吾がかなりの名手であったことは、源内の書翰の「扨々源吾上手に相成皆々肝を潰し申候(中略)源...
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瓢箪杓 ひょうたんしゃく

『陶器指南』南京焼地土並上薬事の項に水用のに瓢箪杓を使用することを記している。現在京都地方では普通の木杓を用いる。瓢箪の使用は有田地方のチョッパケのように朝鮮伝来の風であろう。※チョッパケ
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肥前壺 ひぜんつぼ

天正(1573-92)以前の記録にたびたびみられる肥前壺というのは、唐津焼を指すものであるでしょう。(『日本陶磁器史論』)
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久富与次兵衛 ひさとみよじべえ

肥前有田中の原(佐賀県西松浦郡有田町中の原)の人。1842年(天保一三)公許を得て長崎でオランダ貿易を開始、稗古場窯・上南川原樋口窯などの製品をその品目とした。五、六年後には巨万の輸出をなしたといわれる。与次兵衛は点茶を好み、蔵春亭と号した...
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樋口利三郎 ひぐちりさぶろう

肥前国松浦郡上南川原(佐賀県西松浦郡有田町南川原)の陶家。文化・文政年代(1804~30)資産家で奇才に富み、文化年間(1804~18)の泉山磁砿場紛議の際には、梶原忠蔵と共に交渉代に選ばれた。1843年(天保一四)七月没。次子為吉は巧手で...
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火口ノ谷窯 ひぐちのたにがま

佐賀県武雄市若木町山中火口ノ谷の古窯址。寛永年間(1624~44)以後の開窯と推定され、壺・摺鉢の類をつくっている。(金原京一)
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東島徳右衛門 ひがしじまとくえもん

肥前伊万里の商人。長崎へ来舶した中国清朝の人周辰官より彩画着色の法を習い、これを有田南川原の酒井田柿右衛門に伝えた。周辰官から伝習した年については1643年(寛永二〇)・1644年(正保元)・1647年(同四)などの諸説がある。また大阪の商...
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東窯 ひがしがま

美濃国(岐阜県)多治見の陶業の祖加藤景増の子景姓がこの地(榎坂を中心に)に東窯を開き、同じく景増の子景郷は西窯を開創したと伝えられる。(『岐阜県産業史』『美濃焼の歴史』)※たじみやき