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やきもの

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肥前壺 ひぜんつぼ

天正(1573-92)以前の記録にたびたびみられる肥前壺というのは、唐津焼を指すものであるでしょう。(『日本陶磁器史論』)
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久富与次兵衛 ひさとみよじべえ

肥前有田中の原(佐賀県西松浦郡有田町中の原)の人。1842年(天保一三)公許を得て長崎でオランダ貿易を開始、稗古場窯・上南川原樋口窯などの製品をその品目とした。五、六年後には巨万の輸出をなしたといわれる。与次兵衛は点茶を好み、蔵春亭と号した...
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樋口利三郎 ひぐちりさぶろう

肥前国松浦郡上南川原(佐賀県西松浦郡有田町南川原)の陶家。文化・文政年代(1804~30)資産家で奇才に富み、文化年間(1804~18)の泉山磁砿場紛議の際には、梶原忠蔵と共に交渉代に選ばれた。1843年(天保一四)七月没。次子為吉は巧手で...
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火口ノ谷窯 ひぐちのたにがま

佐賀県武雄市若木町山中火口ノ谷の古窯址。寛永年間(1624~44)以後の開窯と推定され、壺・摺鉢の類をつくっている。(金原京一)
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東島徳右衛門 ひがしじまとくえもん

肥前伊万里の商人。長崎へ来舶した中国清朝の人周辰官より彩画着色の法を習い、これを有田南川原の酒井田柿右衛門に伝えた。周辰官から伝習した年については1643年(寛永二〇)・1644年(正保元)・1647年(同四)などの諸説がある。また大阪の商...
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稗古場窯 ひえこばがま

長崎県東彼杵郡波佐見町稗古場にある波佐見焼窯場の一つ。比恵古場・稗木場ともあります。1662年(寛文二)本石八郎兵衛らが暗灰粗製の雑器を焼いたのに始まります。1781年(天明元)一種の氷裂釉を工夫し、青を用いて桃を描いた茶碗をつくって大村藩...
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東アフリカ中国磁器 ひがしアフリカちゅうごくじき

東アフリカの貿易港の遺跡からしばしば中国陶磁が発見される。いずれもアラビア海で活動したイスラム系商人によって運ばれたもの。タンザニアのキルワ島では唐末の青・白磁から元代白磁などが発見された。ケニアのギディのモスク遺跡からは宋代の青磁や釉裏紅...
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緋色焼 ひいろやき

一名藻焼。天保年間(1830~144)常滑の陶エ二代伊奈長三が白泥焼に工夫して創製したもの板山土で生地をつくり、これに海藻を巻き付けて匣鉢に入れ焼成すると、海藻に含まれた塩分生地に触れた部分だけ赤く火色を呈し、海藻の灰が特有な状態に溶けて金...
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ハンネラ

ハンネラ 共蓋水指江戸時代の輸入品にハンネラと呼ばれる極めて幼な土器があり、水指やその蓋などにある。南洋諸島の産物であるという漠然とした見解があるだけで、その語源・産地などは不明。暹羅(タイ)のバンタナオシの土鍋は、わが国の茶人がいうハンネ...
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Parish Bernard パリッシー・ベルナルド

フランスの陶工。1510年頃の生まれ。初めはステンド・グラスエとして各地を巡り歩いていましたが、サンドに住むようになってからは陶器釉薬の研究を始めました。貧しい中で実験を続け、燃料を欠いたために家具や床板まで燃料にしたという説話があります。...