お話 犬塚小十郎 いぬずかこじゅうろう 対馬国の陶器山の支配人。対馬産の磁器の品質が粗悪なため、指導者として1827年(文政一〇)平戸領三川内(長崎県佐世保市三川内町)の陶工を雇い入れた際、小十郎はその統御者でありました。三川内の磁業者はこれを好機として製品の朝鮮輸出を計画し(当... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊八乾山 いはちけんざん 二代乾山と伝えられます。初代尾形乾山に子がありませんでしたので、その死後伊八がこれを継いでします。伊八は京都の名工野々村仁清の子で、家を出て画家立林何帛の養子となりました。何帛は乾山と親交があり、そのため伊八を二代乾山としました。伊八は江戸... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今春岱 いましゅんたい 安政(1854-60)から慶応(1865-8)の頃加藤梅太郎が用いた銘。同工は春岱の長男光太郎の没後を継いで尾張家の御窯屋を相続しました。そのため前代の号に今の一字を冠して今春岱と称しました。(『をはりの花』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 犬塚民蔵 いぬずかたみぞう 肥前有田白川の轆轤工。1867年(慶応三)フランスのパリで大博覧会が開かれますと、鍋島藩は磁器による国産振興を図り、特に大器の製造を奨励しました。民蔵は小山直次郎らと共に大器の底を突き固めて従来の底切れを改良し、轆轤の名人といわれました。1... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 茨木焼 いばらきやき 常陸国(茨城県)の産。1661年(寛文元)真壁郡塙世村(真壁町塙世)の土器師塚原政重が始め、その後同国各地に伝習開業されました。(『大成陶誌』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 今津屋七郎右衛門 いまずやしちろうえもん 肥前国(長崎県)平戸の人。有田の富村勘右衛門・嬉野次郎左衛門らと共に有田磁器を密輸出したことが露見して1725年(享保一〇)処刑されました。※とみむらかんえもん嬉野次郎左衛門富村勘右衛門 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊藤庄八 いとうしょうはち 万古焼の陶工。三重県4日市の人で1888年(明治二一)窯を起こし、原土を阿倉川村庚申山、羽津村一本松(以上四日市市)小向村・柿村・縄生村(以上三重郡朝日町)などから採りました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』) 2011.05.05 お話人物原色陶器大辞典
お話 稲佐焼 いなさやき 長崎県鵬ヶ崎焼の別称ではないでしょうか。『長崎風土記』に「右稲佐村二テ焼出シ候極本ハ恵気れすノ写シ二ハ御座候其形チヲ取り焼出シ茶出シツカヒ候妙二ハ石ヤキナド唱石二打ツケ候テモ砕ケズ火二モ強ヨク尤モ値段ソンジルヨリ高シ只今ハ御上ヨリ御差留二相... 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 イッチン 描用具の一種。その構造は、柿渋を引いた繊維の強い紙で錐状の袋をつくり、これに真録の嘴口を付け、泥漿を袋中に満たし金属の爽搾子で閉じてあります。袋を指で圧して泥漿を嘴口から押し出し高盛りの線などを描きます。イッチンは初め染め物で使われていたも... 2011.05.05 お話原色陶器大辞典
お話 伊藤四郎左衛門 いとうしろうざえもん 尾張瀬戸の窯家。千峰園と号しました。1878年(明治一一)初めて製磁業を起こし非常に熱心でありました。その製品はみな優良といわれましたが、中でも祥瑞模様の捻り形皿などは技巧が特に巧妙で、他の模倣を許さず千峰園作として大いに賞用されました。(... 2011.05.05 お話人物原色陶器大辞典