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やきもの

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落合兵之助 おちあいひょうのすけ

愛知県東春日井郡小牧村上末(小牧市上末町)の人。1866年(慶応二)4月同村に生まれ、明治初期名古屋市に出て鋳屋に入りました。その後独立して鋳屋を開業、1905年(明治三八)現在の安全ピンを発明して実用新案特許を得、のち安全ピンの製造と鍍金...
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小野田小一郎 おのだこいちろう

彦根藩家老。名は為典、通称織之丞、字は舜卿、赤松と号しました。1840年(天保一一)病気になって江戸向島(墨田区)に隠退し、付近の楽焼工から陶法を受けて自ら製作して楽しみとしました。1842年(同一三)彦根に帰り直亮の命によって絹屋窯を納め...
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奥村藤作 おくむらとうさく

山城国(京都府)朝日焼の陶工。正保年間(1644-8)小堀遠州の指示を受けて茶器をつくりました。(『陶器類集』)
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尾関作十郎 おぜきさくじゅうろう

尾張国(愛知県)犬山焼の窯家。初代作十郎信業は1866年(慶応二)犬山に来て加藤清蔵・水野宗兵衛の事業を助け、のちその業を継ぎ1883年(明治一六)改めて当地士族らの結社的経営としましたが、1891年(同二四)の震災で瓦解してまた作十郎の独...
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落穂手 おちぼで

後窯茶入の一手、万右衛門作。本歌落穂は永井信濃守の家臣佐川田喜六昌俊が所持していました。銘は小堀遠州が『伊勢物語』の歌「うちわびて落穂ひらふと聞かませば我も田面にゆかましものを」によって命じたといわれます。『古今名物類聚』に載せられているが...
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小野藤次平 おのとうじべい

山形県平清水焼の開祖。一に藤治平。常陸国(茨城県)の人で、今の山形市沼の辺町で粗陶器を製しましたが、平清水の千歳山で陶業開始の企てがあった時に迎えられて従業しました。1812年(文化九)各陶業地の視察に出て美濃・尾張・中国および四国を一年余...
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御蔵堅手 おくらかたで

朝鮮産茶碗の一手。『万宝全書』に「御本手也渡て御蔵に納まりたる物也焼の堅物也」とあり、『高麗茶碗と瀬戸の茶入』には「釉はぬんめりしたる淡浅葱色、釉重く総体厚作りにて高台の作振りも卑しく堅手中の下作なり」とあります。
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遅桜肩衝 おそざくらかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。銘の遅桜は初花に対してであります。もと足利義政のもとにあり、初花肩衝より以前の名器選挙であればおそらくこの茶人が世上第一と唱えられたでしょうが、すでに初花が第一とされたあとでしたので、『金葉集』の%「夏山の青葉まじりの...
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御茶壺 おちゃつぼ

茶壺の敬称。特に江戸時代、旧暦4月頃に将軍飲料の葉茶を山城国(京都府)宇治まで受け取りに行った時の茶壺をいいます。羽二重に包んで駕篭に据え茶坊主・士・宰領ら十数人がこれに従った。※ちゃつぼ
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尾野友市 おのともいち

出雲国(島根県)の陶工。1842年(天保一三)意宇郡湯町村面白谷(松江市玉湯町湯町)で生まれました。十三歳の時布志名で徒弟となり、のち楽山や宝永山などで従業。1877年(明治一〇)同郡乃木村皇子阪(松江市乃木)に窯を起こしましたが、1894...