金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

陶芸

お話

褐釉陶 かつゆうとう

褐色の釉の掛かったやきものという意味からすれば広範囲のものが対象となりますが、普通陶磁史の方でこれをいう時は、中国漢代に栄えた酸化鉄を呈色剤とする低火度鉛釉陶のことを指します。同じ漢代の緑釉陶と対照にいわれる語であります。漢代といっても緑釉...
お話

河東磁土 かとうじど

朝鮮慶尚南道河東郡方面に産するカオリンで、同郡正水面清水洞・大也面中村洞のものか最も著名であります。世に朝鮮カオリンと称するものはこれであります。片麻岩の分解によってできたもので、指頭で容易に粉砕することができる程の脆軟質で、白色にわずかの...
お話

加藤杢左衛門 かとうもくざえもん

尾張瀬戸の陶家。代々杢左衛門を襲名し、蓬莱軒と号しました。家祖杢左衛門が陶業を開始したのは寛政年間(1789-1801)であり、業を営むこと二十余年、1841年(天保一二)家を長男宗松に継がせて退隠しました。宗松は二世杢左衛門と改称、186...
お話

滑洋器 かつようき

洋器、すなわち景徳鎮において外国に販売する目的でつくったものの一種。滑石(陶石の一種)を用いてつくったためにこの名があります。普通の陶土を用いてつくったものに比べて値が高く、洋器中の佳品と称されます。(『景徳鎮陶録』)
お話

加藤重吉 かとうじゅうきち

尾張瀬戸の陶家で、代々同名を襲名しました。初代重吉は明和年間(1764-72)の良工で、1801年(享和元)初めて瀬戸において製磁が開始された際率先してこの業に転じた十四名のうちの一人でありました。以来もっぱら心を青花磁器の製造に傾けて、こ...
お話

加藤紋右衛門 かとうもんえもん

尾張瀬戸の陶家。代々紋右衛門を襲名。家祖は初名円六、二世紋右衛門が1785年(天明五)継業。三世紋右衛門は寛政年間(1789-1801)相続。四世紋右衛門は文化年間(1804-18)継業し、1827年(文政一〇)2月製磁の業に転向。五世紋右...
お話

葛城安左衛門 かつらぎやすざえもん

一書に八左衛門とあります。牝小路叉左衛門(一に源七)と共に肥後国(熊本県)小代焼の創始者と伝えられます。もと豊前(福岡・大分県)の士で細川侯の移封に随って肥後に移り、三斎から小代山の麓に土地一町五反(一・五ヘクタ一ル)を賜って窯を開いました...
お話

加藤周左衛門 かとうしゅうざえもん

尾張瀬戸の陶家。家祖和平治が天明年間(1781-9)に分家して製陶を業としました。文政年間(1818-30)退隠。二世初平が業を継いだ頃はすでに全村が競って新製焼に転業する時節でありましたが、彼は固く古法を守りました。1870年(明治三)退...
お話

加藤利慶 かとうりけい

名古屋の雅陶豊楽焼(豊助焼ともいう)の初代。五代以後は大喜を姓としていますが、それ以前は加藤でありました。名古屋の上前津隠里(中区上前津町)に住み、楽焼きと土風呂をつくって藩の御焼物師となり、1796年(寛政八)2月に没しました。その創始年...
お話

可亭 かてい

天保(1830-44)頃の京都の素人陶工。歌人であり美術家を兼ね、また書家でもありました。書画をもって路用を支え日本各地を漫遊したといいます。「可亭七十四」と刻した器があることから、七十四歳までは生存していたことが知られます。その小酒盃は手...