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陶芸

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赤津瓦 あかずがわら

江戸時代に尾張国(愛知県)の赤津で焼いた本焼の赤瓦。
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赤彦 あかひこ

銘。モ一スはこれを肥前国三川内(長崎県佐世保市三川内町)の製品であるとして「三河赤彦と記したる陶器はその土及び釉は鵬崎に酷似したり、然れどもその外観晴々しく又一層特色を有せり、特に鵬崎と異なる点は釉中に白色の斑点あることにして、署名あるもの...
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赤絵町 あかえまち

赤絵町肥前有田皿山の上絵付業者の集合地区。有田では上絵付業者と本焼業者とは分業で、技法の漏れるのを防ぐ方法として寛文年間(1661-73)に赤絵町の一カ所に集合しました。宝暦年間(1751-64)まで十一戸であったが1770年(明和七)に五...
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赤津三郎右衛門 あかずさぶろうえもん

天文年間(1532-55)の人。『別所吉兵衛一子相伝書』に「信濃竃にて義元御好尾州赤津三郎右衛門追覆を焼く今思川と名付」と記されています。義元は今川義元、信濃竃は赤津の隣地品野窯であるでしょう。
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赤松猪太郎 あかまついたろう

→とうひんやき(陶浜焼)
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青木宗平 あおきそうへい

大和国(奈良県)郡山藩の御殿医。号は木兎。茶道に造詣が深くまた楽焼が巧みで、赤膚山の窯で製陶したといわれます。その年代は、赤膚焼が一時中絶したのち享和(1801-4)の頃に柳沢尭山が再興した一時代から安政(1854-60)にかけてと推定され...
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青柳焼 あおやぎやき

→あくどやき(悪戸焼)
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青木宗兵衛 あおきそうべえ

京都の陶工。金花山と号し代々宮中の調度をつくりました。三代金花山は1869年(明治二)6月鹿児島に赴き竪野および田ノ浦窯に従業、廃藩後も田ノ浦に留まっていたが、1875年(同八)奄美大島に渡り窯を大和浜に築いて製作、値が安いところから大いに...
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粟生屋源右衛門 あおやげんえもん

九谷焼の陶工。加賀国小松(石川県小松市)の陶工粟生屋源兵衛の子。陶法を若杉窯の本多貞吉に学び、1822年(文政五)に小松で製陶を始めました。また江沼郡吉田屋窯および松山窯の主工でありました。天保(1830-44)の末、能美郡蓮代寺(小松市蓮...
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青木寅吉 あおきとらきち

東京の陶画工。青雲亭虎勢と称しました。青雲亭彦丸について技術を習得し1861年(文久元)に開業、もっぱら九谷風の盃類の焼付画を描いていたが数年後に花瓶類に移り、さらに薩摩風の草花の密画を描くことに従事していたようであります。1879年(明治...