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桃李会 とうりかい

陶芸作家団体の一つ。1954年(昭和二九)3月、東京美術倶楽部において、社団法大日本陶磁協会の主催で「古瀬戸総合展」が3日間開催されましたが、たまたま同協会理事と陶芸家有志がIタを熱海伊豆山温泉桃李境に過ごし、作陶展を秋に日本橋の壺中居で開...
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遠山 とうやま

光悦作の楽焼茶碗。千家所持、のち紀州侯に伝わりました。(『茶道名物考』)
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胴高 どうたか

名物。島物茶入。茶入の胴を高く張ってあるのでこの名があります。もと小掘遠州の所持、土屋但馬守に伝わり、諸家を転伝して鹿島清兵衛に入り、さらに馬越恭平に移りました。(『大正名器鑑』)
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徳永肩衝 とくながかたつき

名物。古瀬戸肩衝茶入。徳永法印寿昌所持、のち新発田城主溝口侯に伝わり、1904年(明治三七)の同家の売立て千五百三十円で赤星家に渡り。1917年(大正六)赤星家売立の時二万二千二百円で大阪山田家に落札。(『古今名物類聚』『大正名器鑑』)
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陶石 とうせき

磁器原料として陶石はわが国では古くから重要なもので、現在でも主要原料となっています。衛生陶器・タイル・硬質陶器などの原料としても欠くことのできないものであります。石英粗面岩という火山岩が熱水作用を受けその中の長石などが粘土化し、同時に亜硫酸...
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東青器 とうせいき

中国清代に景徳鎮窯で宋代東窯を倣造した淡青色の青磁をいいます。『景徳鎮陶録』に「東青器、鎮1の専ら東青に倣ふの戸亦精粗を分かち大小の式あるようで、惟だ官古の戸の兼ね造るもの最も佳なり、或は冬青に飢り或は凍青に飢るも要するに倣ふ所の励色は則ち...
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東青 とうせい

『項子京歴代名甕図譜』の郭菰昌の校注に「宋初の民窯東窯は皆青色なり、東青と簡称す」とあります。『匋雅』には「月白の一種演して両派と為り天青東青双び標ちて聳峙す、東青の一派又分かれて二となる、緑色に近きを豆青といひ藍色に近きを積藍といふ云々」...
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豆青 とうせい

青磁のやや淡いものです。豆緑はそのやや濃いものです。豆青と豆緑との二色は、中国宋代の寄・弟両窯で盛んでありました。班窯は多く豆緑をつくり、弟窯すなわち竜泉窯は多く豆青をつくりました。どちらも螢潤で愛すべきものであります。弟窯はその流れを汲む...
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唐人原窯 とうじんばるがま

佐賀県武雄市北方町西浦字唐人原の古窯。黒色の壺や皿などの土器を出します。(金原京一)
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唐人古場窯 とうじんこぱがま

佐賀県多久市多久町西ノ原字梅野の古窯。文禄の役(1592-4)の後、鍋島直茂に従帰した朝鮮人李三平(金ヶ江三兵衛)が家老多久安順の命によって築いた最初の窯。製品は茶碗や皿で、茶緑色の透明釉が掛かっています。伝世品を高麗唐津と呼びます。金原京...