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銅鈴口 どうけんこう

わが国でいう銅覆輪のこと。『五雑俎』に「定汝完璧たり難し、宋の時宮中用ゐるところ率ねその口を銅鈴す、是を以て価を損ぜり」とあります。※どうきんこう
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道元 どうげん

わが国曹洞宗の祖、越前国(福井県)永平寺の開山。希玄と号しました。1200年(正治二)生まれ。内大臣久我通親の子。十三歳の時比叡山に登り出家、十五歳の時建仁寺の栄西禅師を訪ね、十八歳で同寺の明全の指導を得ました。1223年(貞応二)二十四歳...
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陶硯・陶研 とうけん

陶製の硯は古くからわが国や中国および朝鮮で行われましたが、玉石に比べて遜色のあることは免れないようです。『陶説』は中国宋代の米元章の『硯史』を引用して「陳文恵家に一の蜀王行の時の陶硯を収む、蓋を連ふ、蓋上1あるようで、一台に坐す、余は雑花草...
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陶芸村 とうげいむら

近代産業による千編一律化された日用食器その他の陶器に、嫌気がさしている者は多いようです。そこで、これをつくるにも、原始的な方法によって、かつての郷愁を取り戻そうとしています。陶芸村の企ては、これに沿って生まれようとする運動にほかならないよう...
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陶芸教室 とうげいきょろしつ

アマチュア陶芸作家の流行は、わが国においては1966年(昭和四一)後半期頃からぽつぽつ始まり、1967、八年の二ヵ年の間に、あたかも疫病が蔓延するような勢いをもって関西から東海・関東に及び、現在では全国に陶芸教室が生まれ、また個人で製作焼成...
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陶芸 とうげい

やきものの芸術、またはその作品をいいます。この語源は古くはないようです。おそらく1932年(昭和七)、当時京都在住の河村蜻山が主宰して創設した「日本陶芸協会」を初見とします。その際のこの用語の設定には加藤唐九郎氏も参画しています。
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銅鈴口 どうきんこう

鈴はわが国でいう覆輪のことで、銅鈴口とは銅で器の口辺を覆輪したものを指し、銅銕ともいいます。中国宋代定窯の器はたいてい皆伏せ焼ですので、その口辺の露胎のものが多いため口辺を銅で覆輪しました。定窯は最初御窯でありましたが、その芒篤あるため忌ま...
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陶業盟約 とうぎょうめいやく

肥前有田において1876年(明治九)県令北島秀調の許可を得て成った陶業者間の規約。これは明治初年以来しばらく慣習によっていたものを成文に移して実行しようとしたもので、のち1899年(同三二)に成った西松浦郡陶磁器同業組合の端緒を成しました。...
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陶業振興の核心 とうぎょうしんこうのがいしん

書名。一巻。伊勢本一郎著。1957年(昭和三二)技法堂刊行。本書は『近代日本陶業発達秘史』の題目で1950年(同二五)に出版されたものの改訂版であります。著者は1872年(明治五)島根県に生まれ、東京商業学校(現一橋大学)卒業。1893年(...
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東京薩摩 とうきょうさつま

明治維新前後から薩摩焼が外国人の好みにかない、その輸出が盛んになった際、従来江戸絵付として陶画を専業としていた者が、次第に薩摩風の絵付に転向し、その製品を薩摩焼として海外に出しました。これを東京薩摩または東京絵付といいます。初めは薩摩焼の白...