朝鮮王朝時代に朝鮮で焼かれ、日本に舶載された茶碗を高麗茶碗と呼んでいます。
ここでいう高麗とは、高麗時代のことではなく、朝鮮を呼ぶ呼称として「高麗(こま)」が用いられたことからきています。
室町時代後期、それまで唐物を至上のものとした書院茶にかわって、村田珠光によって唱え始められた侘び茶では、高麗茶碗が最上のものとされました。
その分類は多岐にわたり、主なものを列記すれば、井戸・雲鶴・三島・熊川(こもがい)・刷毛目・粉引・堅手・玉子手・魚屋(ととや。斗々屋とも)・伊羅保(いらぼ)・蕎麦・柿の蔕・金海・御所丸・呉器・雨漏・半使(はんす)・御本などがあります。
井戸や三島、粉引などは本来雑器であったものを茶の湯の世界に取り入れたものでありますが、伊羅保、御本などのように日本からの注文で作られたものも数多いようです。