藪内紹智 やぶのうちじょうち

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鶴田 純久の章 お話

茶人。藪内流第一世。1536年(天文五)生まれ。諱は宗胤、字は子的、藪中斎と号し、和泉国(大阪府)堺の人。春屋禅師に参じて剣仲の道号を与えられた。宗巴(道号寸斎)の養嗣。その妻織部の妹と伝えられる。利休に師事し織部に親しんだが仕官せず目利をもって聞こえ、また利休から有名な「うらやましの文」を貰っている。1627年(寛永四)五月七日没、92歳。藪内家は以来各代とも紹智を称して茶統を継ぎ、現代十二代に至る。二代真翁は月心軒と号し、西本願寺良如の勧めにより居を堺から京都六条に移し本願寺と特別の関係をもつようになった。世代のう五世不住斎竹心は中興の祖といわれる。当時藪内流は三千家を上流と称するのに対して下流と呼ばれた。

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