高さ8.4cm 口径12.7cm 高台径61.4cm
桃山の黄瀬戸は、すでに述べたようにぐい呑手風の大小の菊皿を底辺に、その上に茶陶が展開していったのであるが。元和を過ぎると茶陶の生産は衰え、いわゆる御深井風の灰釉を施したものが大平などで焼かれるようになり、そしてその流れの上に、新しく御深井焼が尾張徳川家の御用窯としてはじまり、江戸時代前期に安南風の一風ある作風を展開する。この茶碗は、茶人の間で「古絵瀬戸茶碗」と呼ばれているもので、類例は極めてまれであります。徳川家に伝来した「紅安南茶碗」を倣ったものと思われ、おそらく御深井で初期に焼かれたものと考えられます。