二徳三島茶碗

高さ:6.4~6.9cm
口径:14.6~14.8cm
高台外径:4.7~4.9cm
同高さ:1.1cm

 茶碗に添った書き付けに「二徳三島は、古三島にては天下一之品、元利休所持、袋師二徳伝来、古三島之最上茶碗也。古三島は、雲州家の竹田三島、大坂に有乏玉屋三島杯、両品共中々ならぶ處に無之、稲葉家の大三島は、古はけ目にて、古三島には無乏、古三島にては、二徳天下一也」、とあり、その銘は、袋師の二徳なる者が所持していたことによることを伝えています。さらに二徳の前に、千利休が所持していたとも伝えられていますが、『南方録』によると、利休が自会で用いた三島茶碗は二碗あり、その一つは「三島筒」で、一つはただ「三島」とのみしるされています。したがって、この茶碗の利休所持という伝来を信ずるならば、天正十四年十月三日、十一月十七日、十二月二十二日、同十五年二月三日の四回にわたって使われている「三島」茶碗にあたるのではないかと推測されます。ちなみに『南方録』に初見の十月三日の茶会の様は、
十月三日 暁ヨリ ニ畳敷 細川(幽斎) 柘(柘植)左京
初 一束嶼墨跡 一行燈 一釜糸目 一棚二環(銀) 羽椿 一炭斗フクヘ 香合スゝメ
(中略)
後一床巻テ 竹筒二菊 一茶入 小ナツメ ー茶碗 三嶋 一水サシ コトシノ瀬戸 一棚二羽
とあり、真塗りの小豪と取り合わせて三島茶碗が使われていますが、この配置は十一月十七日も同様でいかにも利休らしい好みであり、また茶碗の趣にふさわしい取り合わせであったように思われます。
 高麗茶碗の中でも古三島や刷毛目、粉引、井戸などは、比較的早くから侮び茶に使われたと推測され、数多く渡来していたに違いありませんが、伝世の古三島、しかも古来名器と称されているものは意外に少なく、『大正名器鑑』でも純然とした古三島は、礼賓三島、三作も入れて六碗をあげているにすぎず、他に不昧公所持の「竹田三嶋」、玉屋伝来の「三島杯」を加えたとしても、井戸茶碗に比べれば寥々たるもので、三島には古来名碗たるにふさわしいものが、いかに少ないかがうかがわれます。
 やや端反りの口辺、小さく引き締まった高台、なめらかな胴の曲線など、いずれも古三島独得の作ゆきで、見込みには胴の中ほどに一筋、見込み中央にも一筋、二段の刻線がめぐらされ、その間に例の暦状の刻紋がつけられ。その上に白刷毛がたっぶりとかけられています。外側は腰のあたりと高台ぎわに、二筋の刻線がめぐらされているだけで、口辺から高台にかけて、これまた厚く白刷毛が施されていますが、高台かち腰ちかくは刷毛が薄く灰かっ色の地膚があらわれています。内外にかけられた透明釉は、ほどよい厚みによく溶けて、釉膚は、いうにいわれぬ柔らかみをたたえています。見込みの釉だまりはやや黄みをおび、内外ともにしみが、味わい深くあらわれているのも好ましいです。
 利休、二徳ののち、いつごろか判然としませんが、京都三井家の蔵となって伝来しましたが、幕末に京都所司代酒井忠義公のもとに、定家懐紙とともに三千両で譲られ、大正十二年六月、酒井家入札のおり、七万六千二百円で再び三井八郎右衛門家の蔵となって、今日に及んでいます。春慶塗りの内箱に収まっています。
(林屋晴三)

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About the author : Yoshihisa Tsuruta

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