お話 欧窯 おうよう 一名を宜均といいます。中国明代の宜興の人欧子明か製じたもので、形式の大半が均窯に倣っているので宜均といいます。宜興において製作したが陽羨名陶の一系すなわち朱泥の一派とは別の系統であります。また清代の紫砂掛釉(紫泥に釉を掛けたもの)ともいささ... 2011.05.13 お話原色陶器大辞典
お話 大倉孫兵衛 おおくらまごべえ 大倉孫兵衛1843年(天保一四)江戸日本橋青物町(中央区)の絵双紙店に生まれ、十二歳で本屋の年季小僧に入り、のち出版業を始め日本橋際に大倉書店を開いました。1876年(明治九)義兄森村市左衛門がアメリカへの雑貨輸出を企てたのでこれに荷担。1... 2011.05.13 お話人物原色陶器大辞典
お話 大塚啓三郎 おおつかけいざぶろう 下野国(栃木県)益子焼の祖。十六、七歳の頃笠間(茨城県笠間市)の宝田院で書法を学んだが、住職が笠間侯の御用窯に関係があったので陶業の有利なのを知り、その後大塚氏の養子になってから自分で開業することを企て、養父から三十両の資本金を得て山前村大... 2011.05.13 お話人物原色陶器大辞典
お話 大島肩衝 おおしまかたつき 名物。古瀬戸肩衝茶入。名称の由来は明らかでないようです。形は大きいが目障りとならず、豊麗で円満な感じを与える妙作であります。のち藤堂高次が所持し、1703年(元禄一六)その子高睦が襲封御礼として幕府に献上、以来徳川宗家に伝えられました。(『... 2011.05.13 お話原色陶器大辞典名物大正名器鑑茶入
お話 大出東皐 おおいでとうこう 明治期の画家。1841年(天保こI)上野国(群馬県)桐生に生まれました。通称愛次郎、桐江と号しのちに東皐と改めました。別に蝸牛窟の号があります。画法を藤堂凌雲らから学び花烏を最も得意としました。明治維新前後に諸国を遊歴し、以来東京に住み平素... 2011.05.13 お話原色陶器大辞典
お話 大河内正敏 おおこうちまさとし 1878年(明治一一)12月6日元三河国(愛知県)大多喜藩主大河内正質の長男として生まれ、1903年(同三六)東京大学工科造兵学科を卒業、弾道学の研究で工学博士となりました。東大教授・貴族院議員・子爵研究会の首脳・理化学研究所長。また古陶磁... 2011.05.13 お話人物原色陶器大辞典
お話 大友宗麟 おおともそうりん 室町末期から安土・桃山時代の武人。1530年(享禄三)生まれ。豊後国府内(大分市)の城主大友義鑑の長男。名は義鎮。1550年(天文一九)家督を継ぎ、1562年(永禄五)三十三歳の時、剃髪して休庵宗麟と号しました。安芸の毛利氏、肥前の竜造寺氏... 2011.05.13 お話人物原色陶器大辞典
お話 大津 おおつ おおつ 大津大津瀬戸金華山窯茶入、大津手本歌。中興名物。『茶器目利集』によれば「これは江州大津にて取出し、遠州公へ銘を乞ふ、其まま大津と号けらる」とあり、遠州が見出した地名に因んで命銘されたことが知られます。文化の頃、松平不昧はこの茶入と ... 2011.05.13 お話中興名物原色陶器大辞典古瀬戸大正名器鑑日本茶入茶道美術鑑賞辞典
お話 大高麗 おおごうらい 大名物。朝鮮茶碗、名物手井戸。一名荒木高麗。大井戸の高麗茶碗であるから大高麗といわれます。また荒木村重が所持したので荒木高麗の一名があります。総体に枇杷色で少し青味を帯びたところがありますが、釉色の変化が割合に少なくおとなしい茶碗であります... 2011.05.13 お話原色陶器大辞典