人物 今井宗久 いまいそうきゅう 今井宗久 いまいそうきゅう和泉国(大阪府)堺の茶人、政商。1520年(永正一七)生まれ。紹鴎の女婿。宗及・利休と共に天下三宗匠と呼ばれました。初名久秀、のち兼員。彦八郎・彦右衛門と称し、昨夢斎と号しました。もと近江源氏佐々木氏の後裔。大和国... 2011.05.06 人物原色陶器大辞典
お話 井上良斎 いのうえりょうさい 東京の陶工。本名良吉、1828年(文政一一)尾張国(愛知県)瀬戸に生まれました。嘉永年間(1848-54)同国犬山に移った壕仙堂川本治兵衛の窯で従業し、その後江戸四谷(新宿区)の松平摂津守の邸に入り同所の陶工として数年を過ごしました。文久年... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今枝 いまえだ 名物。楽焼茶碗、黒、加賀ノンコウ七種のI。加賀藩の家老今枝家伝来のもので、楽山とも呼びます。加賀ノンコウ七種中最も大形で、外部の光沢が特に麗しく、黒釉中に黄釉が縦に現れ亀甲斑のようであります。高台内の楽印は見事。(『大正名器鑑』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 稲荷山焼 いなりやまやき 讃岐国(香川県)高松の陶器。慶安(1648-52)以来紀太理平の累代が焼いているものです。窯が稲荷社の近くにあるので稲荷山焼といいますが、理平焼・高松焼とも呼ばれます。※りへいやき 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 井ノロ窯 いのくちがま 土佐国安芸郡井ノロ村原野(高知県安芸市井ノロ)の陶窯。文政年間(1818-30)の末五藤家(土佐藩家老)からの要請があって始めたともいわれます。1885年(明治一八)当時、三窯あったといいます。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 今尾窯 いまおがま 岐阜県海津市平田町今尾にありました。1851年(嘉永四)瀬戸赤津の陶工春岱(加藤宗四郎のち仁兵衛)がここに隠居し(当時尾張藩御付家老竹腰山城守の領地)、その作品に主に今尾春岱と印しました。しかし春岱は三年で名古屋城内御深井窯に復帰したといわ... 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 犬塚小十郎 いぬずかこじゅうろう 対馬国の陶器山の支配人。対馬産の磁器の品質が粗悪なため、指導者として1827年(文政一〇)平戸領三川内(長崎県佐世保市三川内町)の陶工を雇い入れた際、小十郎はその統御者でありました。三川内の磁業者はこれを好機として製品の朝鮮輸出を計画し(当... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊八乾山 いはちけんざん 二代乾山と伝えられます。初代尾形乾山に子がありませんでしたので、その死後伊八がこれを継いでします。伊八は京都の名工野々村仁清の子で、家を出て画家立林何帛の養子となりました。何帛は乾山と親交があり、そのため伊八を二代乾山としました。伊八は江戸... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今春岱 いましゅんたい 安政(1854-60)から慶応(1865-8)の頃加藤梅太郎が用いた銘。同工は春岱の長男光太郎の没後を継いで尾張家の御窯屋を相続しました。そのため前代の号に今の一字を冠して今春岱と称しました。(『をはりの花』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 犬塚民蔵 いぬずかたみぞう 肥前有田白川の轆轤工。1867年(慶応三)フランスのパリで大博覧会が開かれますと、鍋島藩は磁器による国産振興を図り、特に大器の製造を奨励しました。民蔵は小山直次郎らと共に大器の底を突き固めて従来の底切れを改良し、轆轤の名人といわれました。1... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典