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人物

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景貞 かげさだ

尾張赤津の陶工加藤利右衛門景貞。のちに唐三郎と改名。父の業を継ぎ赤津村(愛知県瀬戸市赤津町)に住みましたが、1608年(慶長一三)美濃国土岐郡水上村字郷之木(岐阜県土岐市曾木町)に移り陶業に従事、1610年(同一五)国守義直に召還され以来赤...
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景郷 かげさと

尾張赤津の陶工加藤仁兵衛景郷。赤津本家。俗に古仁兵衛と呼びます。兄景貞と共に美濃国土岐郡郷之木(岐阜県土岐市曾木町)にいましたが、1610年(慶長一五)国守義直に召還され赤津において尾張の御用窯となり、居宅および工場の地を賜わりました。また...
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景茂 かげしげ

尾張瀬戸の陶工加藤宗太夫景茂。景重とも書きます。瀬戸本家、窯大将となり十四世を継ぎます。なお加藤市左衛門もまた景茂(号春厚)と称しました。織田信長の撰による名工六作の一人であるといいますが、この市左衛門の話には錯誤があるらしいです。(『をは...
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景重 かげしげ

尾張品野の陶工加藤新右衛門景重。初め父基範と美濃国(岐阜県)にいましたが、1610年(慶長一五)5月尾張国守徳川義直に召還されて品野に移住しました。その時平山の地に居地を賜り証文を付与されました。1622年(元和八)7月14日没。(『をはり...
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景高 かげたか

尾張瀬戸の陶工加藤吉右衛門景高。磁祖民吉の兄。寛政・文化年間(1789-1818)の人。器に所掲の款があります。(『をはりの花』)
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景忠 かげただ

尾張瀬戸の陶工加藤善左衛門景忠。その作の古瀬戸釉水指に所掲の款記があります。(『をはりの花』)
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景俊 かげとし

加藤太郎左衛門景俊。景豊の五男。慶長年間(1596-1615)に美濃国土岐郡大富村(岐阜県土岐市泉町大富)に分家して窯を開き、のちにまた同国恵那郡水上村(岐阜県瑞浪市陶町水上)に移って陶業を営んです。(『をはりの花』)
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音羽屋九郎兵衛 おとわやくろべえ

京都音羽焼の陶工。清閑寺(東山区)に住んでいたが宝暦年間(1751-64)清水に移り磁器を製しました。清水焼といったといいます。(『工芸志料』)
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音羽屋惣左衛門 おとわやそうざえもん

京都清水五条坂焼の元祖と伝えられます。1641年(寛永一八)頃愛宕郡清閑寺領字丸山(後代の茶碗坂、東山区)に住みやきものを業としましたが、九代の1819年(文攷二)頃になって衰えたため窯を丸屋佐兵衛に譲りました。のち1847年(弘化四)頃丸...
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小野賢一郎 おのけんいちろう

1888年(明治二十二 福岡県遠賀郡芦屋町に生まれました。郷里の高等小学校卒業、門司市筆立学舎普通科四年修了、この間京都の朝倉忠吉について日本画を学んでいます。1902年(同三五)5月福岡県小学校教員検定試験に合格したが就任せず、1906年...