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人物

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Parish Bernard パリッシー・ベルナルド

フランスの陶工。1510年頃の生まれ。初めはステンド・グラスエとして各地を巡り歩いていましたが、サンドに住むようになってからは陶器釉薬の研究を始めました。貧しい中で実験を続け、燃料を欠いたために家具や...
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白鷗 はくおう

文化・文政年代(1804~30)の常滑の代表的作陶家。本名上村八兵衛。多くの作品に陶白鷗と銘が刻まれ、また印の捺されているものも見られる。俳句を嗜み、京都・江戸その他に多くの交遊があり、京都近衛家・楽...
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野中元右衛門 のなかもとえもん

肥前佐賀の商人。天保年間(1830~144)の人で、古来磁器の釉料に用いられてきた薩摩(鹿児島県)産のイス灰が悪質なのを知って原料を日向国(宮崎県)より買い入れ、また薩摩国には木炭を求めれと国産磁器を...
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沼田一雅 ぬまだいちが

1873年(明治六)福井県に生まれた。少年時代、路傍で粘土を捻って動物の形をつくっていたのを、通りかかった当時の東京美術学校(現東京芸術大学)校長正木直彦の眼にとめられ、連れられて上京し彫刻を習ったと...
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蜷川式胤 にながわのりたね

京都の人。1835年(天保六)五月生まれ。早くから古物を好み、和漢洋の書物を多く読む一方東西の名家・諸社寺を歴訪し家宝を見てまわるな多年にわたって見聞を広め研究した結果、つい好古界に名をなした。186...
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蜷川第一 にながわていいち

1883年(明治一六)十月二十一日生まれ。1905年(明治三八)一月東京医学専門学校(現東京医科大学)在学中、召集されて同校を退学、日露戦争奉天の戦に従軍。帰国後東京丸の内(千代田区)の自宅にて家学を...
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西山盛太郎 にしやませいたろう

肥前有田の陶画工。その家は赤絵十六人の一であったが、明治初期今泉藤太・深海宗竹らと共に服部甫につき西洋上絵付を学び名手といわれた。その作品は少なくないが、模造品が多く自身の作銘を書いたものはない。18...
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西浦円治 にしうらえんじ

美濃国土岐郡多治見(岐阜県多治見市)の陶家。祖父加藤(西浦)円治は文政年間(1818~3O)恵那郡大井(恵那市大井町)の窯四つの営業権を譲り受け、次いで美濃窯元取締役を命ぜられ美濃焼の名声向上に大変尽...
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奈良理吉 ならりきち

石川県大樋焼の第八代。若い頃から茶事を嗜み作陶に志し、技法を七代大樋道忠より受けた。大樋宗家の不振を残念に思い、1897年(明治三〇)道忠より業統を受け八代大樋長左衛門を名乗った。現九代は1927年(...
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鍋屋吉兵衛 なべやきちべえ

加賀国(石川県)の陶画工で松下堂文篁と号した。父丈助は松下堂黄彰と号し文政年間(1818~30)若杉窯および吉田屋窯の絵付をした。吉兵衛に至って1840年(天保一一)金沢に移り民山窯の陶画を付け、のち...