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竹本隼太 たけもとはやだ

明治初期の窯業家。実名正典、幼名八十五郎。1848年(嘉永元)江戸深川高橋大工町(江東区)に生まれました。家は代々幕府の旗本で、父要斎は外国奉行を歴任し五千石を領しました。隼太は十六歳から出仕し従五位下美作守に進み、1865年(慶応元)5月...
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高畑古窯址 たかはたこようし

島根県安来市門生町高畑に所在する須恵器窯跡。中海に程近い丘陵の一角にあるこの窯跡は、現在判明している限りでは山陰地方で最も古い須恵器窯であるようで、その年代は六世紀初頭までさかのぽる。六世紀初頭までさかのぼる須恵器窯の所在地は、全国的にみて...
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竹本焼 たけもとやき

明治初期に竹本隼太が創始したものです。諸種の新工夫をしましたが、特に玳玻盞釉の発明は一大業績でありました。1892年(明治二五)に彼が没しますと、しばらくして止んです。(『日本陶甕史』)※たけもとはやた
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餓鬼腹 がきばら

中興名物。後窯茶入、鳴海窯織部好み。添書付に「遠州被申は、まだらの御座候茶入、餓鬼腹に能似申候とて、がきばらと名付申候」といいます。古田織部の好みにより鳴海窯で焼かせたものであります。前田利常がこれを求め、のち幕府に献上七だが再び同家に帰り...
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高浜焼 たかはまやき

肥後国天草島高浜村(熊本県天草市天草町高浜)の磁器。正徳(1711-6)の頃に発見された磁器原料を用いて長崎奉行が一時開窯したことがありました。1763年(宝暦一三)有田で陶窯および赤絵の制限を厳しくした時、天草製陶もやや頓挫して奉行はこれ...
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蛸壺 たこつぼ

蛸をとるための瓦器の壺。高さ30cm内外の長めの壺で、これを海中に沈めておき、蛸が安全な洞穴と思ってその中に入って来だのを引き上げて捕獲します。海中に沈めておくうちに外部に蝦などが付着したり、また海潮のために塩化して自然のおもしろみを呈する...
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鷹々香合 たかたかこうごう

青磁香合。鷹のような鳥が二羽向かい合っているのでこのように呼ばれます。香合番付では東方二段五位にあります。
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鷹羽焼 たかばやき

山口県下関市長府の西郊鷹羽山で焼いたものです。一名鷹山焼。長府藩主毛利元義が肥前国(佐賀・長崎県)の陶工鳴瀬幸兵衛常信を招いて開窯したといいます。所用の銘款は鷹山。
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蛸釣陶器 たこつりとうき

伊予国野間郡波止浜(愛媛県今治市波止浜)には蛸で陶器を釣るという奇習がありました。その由来は次のとおり。関白秀吉が織田有楽斎に命じて喫茶用の陶器を広く諸国に求めさせた際、有楽斎の家来上田藤右衛門が九州の陶窯で珍品奇器をつくらせて船で帰りまし...
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高田窯 たかだがま

岐阜県多治見市高田町にあるようで、加藤景豊の七男景直(景吉)が1616年(元和二)2月大平より来て開窯したといわれています。この窯を白粉窯といいますが、そのほか高田窯・円田窯があるようで、この両窯は共に天目茶碗をはじめ徳利・植木鉢などのほか...