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高原焼 たかはらやき

大阪の陶器。起こりは肥後国山本郡(熊本県鹿本郡)高原郷出身の高原藤兵衛によると伝えられますが、また高原平三郎が開窯したともいわれ、当初の窯は末吉橋付近(南区)にありました。正保(1644-8)頃にはすでに焼いていたようで、のちに片桐石州によ...
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高坏 たかつき

食物を盛る器。檜の木の輪を台にしたかわらけ坏。台をもかわらけでっくり付けにしたのを土高坏といいます。のちには木ですべてをつくり台を付けて朱黒の漆塗りなどにし、菓子などを盛るのに用いました。またその風に倣った陶磁もあります。高坏はまた腰高・た...
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高松仁清 たかまつにんせい

讃岐国(香川県)高松の理平焼に高松仁清と称されるものがあるようで、艶やかな黒釉地に色絵文様のある茶碗が今も残っています。仁清かこの地に来て彩両したというが詳かでないようです。ただ理平焼の創始者森島作兵衛は京都粟田口(東山区)にいた当時仁清の...
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高取釉 たかとりぐすり

瀬戸地方において鉄のアヴェンチュリン釉(金流し)のことをいいます。黒浜を用いてこれを出します。出雲地方では鉄砂を用いてこれと同じものを出し、瀬戸流しと呼びます。技法伝播の経路をうかがわせるものといえないでしょうか。
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高山窯 たかやまがま

岐阜県土岐市土岐津町高山にあります。『日本近世窯業史』に、その陶器時代は不明でありますが、磁器は1823年(文政六)に神戸甚四郎・同小兵衛が瀬戸および多治見から伝習して起業したとあります。製品は煎茶碗・急須・徳利など。また『美濃焼の歴史』に...
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山上宗二 やまのうえそうじ

茶人。1544年(天文一三)生まれ。瓢庵と号した。堺の人、屋号薩摩屋。利休二十年来の弟子小壺の大事を相伝した。また名物虚堂の墨蹟を所有し、「乙御前、釜、此釜信長公ヨリ山上宗二拝領シ関白様へ進上」(『山上宗二記』)と見え早くから茶名があったが...
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抱桶 だきおけ

南蛮水指に抱桶というのがありますが、これは南洋の土人が暑さをしのぐため土器の壺に水を入れて抱いたという見立てでいいならわされたものです。水指の肌に露が現れ涼し気なることを喜びます。楽一入にカセ釉を用いた彷作があります。もともと室町時代に南蛮...
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高取善十郎 たかとりぜんじゅうろう

筑前国(福岡県)高取焼の陶工。1600年(慶長五)豊前国(福岡県)上野から筑前国穂波郡中村(朝倉市中)に来て鷹取古城山の麓で製陶しましたが、のち寛文年間(1661-73)に家を三地に分けるに及び、上座郡(朝倉郡)小石原村中野に移り、一時は西...
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焚口 たきぐち

窯の燃料を燃焼させるところ。古い時代の窯には特別の構造はなくて、ただ品物を詰めてその入口で薪を焚いていました。窯が進歩するにつれて、焚口にも種々の考案が払われてきました。しかし燃料が最近石炭から転じて重油やガスになりますと、その燃焼装置が複...
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高取大海 たかとりたいかい

中興名物。国焼茶入、高取焼。総体黒飴釉の中に黄色を帯び、ところどころ柿金気釉がみえ、釉色の光沢が麗しく、薄づくりで作行は精巧であります。もと小堀遠州所持、朽木伊予守、細川越中守、松平左近将監乗邑らを経て更に諸家を転伝し、維新後岩崎家に入りま...