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裂地

茶道美術鑑賞辞典

笹蔓金襴 ささづるきんらん

笹蔓金襴明代。名物裂。濃紺の綾地に笹の細蔓を、松笠紋を起点としてつなぎ合わ六弁花と笹葉紋を整然と配している。右上から左下に斜めに走るととの間に、宝尽紋を散らしている。笹蔓紋とはいえ、おそらく松竹梅を図案化したものであろう。また宝尽紋は元代末...
茶道美術鑑賞辞典

相良間道 さがらかんとう

相良間道明代。名物裂。相良氏は肥後人吉城主で、源頼朝から肥後球磨郡地頭職を給わった名族で、『相良家文書』には宗祇の書状が多くみられ、名物茶器も伝来したようである。相良間道は同家城主遺愛の裂地であったのであろう。桃山末期から江戸初期に、薩摩間...
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嵯峨桐金襴 さがぎりきんらん

嵯峨桐金襴明代。名物裂。京都嵯峨清涼寺釈迦堂の戸帳裂に使われたのでこの名がある。紺の糯子地に金糸で雷紋菱地紋を織り出し、上紋として桐を配しているのが同寺に遺存している。足利将軍家の寄進によるものであるが、一説義政(1436~190)が大内義...
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金春金襴 こんぱるきんらん

金春金襴明末清初。名物裂。能楽師金春大夫が義政より拝領した能装束の裂と伝えるが、実際には桃山末期から江戸初期渡来の裂地である。予楽院近衛家熙の語ったところを山科道安が筆記した 『槐記』によると、この裂の仕覆は小堀遠州の好みであると記している...
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紺地雲紋宝尽金襴 こんじうんもんたからづくしきんらん

紺地雲紋宝尽金襴明代。名物裂。雲珠紋繋ぎとでもいうような紋様構成で、余白を宝尽紋で埋めている。このような紋様は富田金襴からの展開と思える意匠であるが、富田金襴にみるような力強い斜め状の構成はみられず、格子風の安定した、むしろ横に流れる雲の表...
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金剛金襴 こんごうきんらん

金剛金襴明末清初。名物裂。この仕覆は大名物「種村肩衝茶入」に遠州が添えた織留部分の裂である。白・花色・白茶の組と浅葱・紅・黄の二組の縦縞が交互に織り出され、雲紋・折枝・宝尽紋・菱紋などを細い金糸で現わしている。大名物「鎗の鞘肩衝茶入」に添う...
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小松間道 こまつかんとう

小松間道明代。名物裂。諸本に、青木間道の浮織のないものを小松間道、また弥兵衛間道というとしているが、いずれも小松弥兵衛の所伝とされる。それぞまったく異なる感覚をもつ裂で、紺または縹・黄・薄茶・茶・白の太縞の経糸の間に焦げ茶色の細縞を入れ、太...
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御朱印裂 ていごしゅいんぎれ

御朱印裂明代。名物裂。御朱印裂は明の国王が交易を許可した貿易船に与えた国璽の捺された裂であり、裏には墨書銘がみえ、白地の綾に雲鶴紋が薄茶と紅の二本引き揃えで打ち込まれている。また紋様の変わったものに、白地に雲龍紋を地紋に織り出し、「福寿」の...
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国司間道 こくしかんとう

国司間道明代。名物裂。大名物「国司茄子茶入」に添う仕覆の一つにこの裂が用いられているので、この称が生まれたと考えられる。一般に国師間道と称しょういちえんにぺんえんし、東福寺の開山聖一国師(円爾弁円)が宋よりもち帰った袈裟裂と伝えるが、この説...
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興福寺金襴 こうふくじきんらん

興福寺金襴元代。名物裂。南都興福寺の戸帳に使用されていたという伝承をもつこの名物裂は、金襴・銀襴の両種があり、前田家の残欠は金襴、東京国立博物館および名物「芦庵肩衝茶入」(藤田美術館蔵)の仕覆は銀襴である。とも地色は紫の三枚綾で小石畳を地織...