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陶芸

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柑子 こうじ

名物。唐物茶入。柑子の形をした小品。もと三宅亡羊の所持で、同人より前田家に贈ったものと伝えられます。亡羊は和泉国(大阪府)の人。和歌をよくし儒学を好み茶を宗旦に学んです。1648年(慶安元)没、七十歳。世に亡羊純子があることからもその好事を...
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香合・香盒 こうごう

薫物の香を入れる蓋付の器。今日茶の湯で取り扱われるものは漆塗り・蒔絵・堆朱・陶磁など種々であります。陶磁の名物といわれるものには、青磁・交趾・南京・染付・赤絵・祥瑞などを主とし、楽焼・黄瀬戸・志野・織部・伊賀・信楽その他の和物もあります。形...
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康煕窯 こうきよう

中国清朝康煕年間(1662-1722)の官窯。略称康窯。明朝が滅び清朝となった順治年間(1644-61)にすでに景徳鎮で御器廠の活動を開始し焼造を行なった記録がありますが、盛んに焼造を行なうようになったのは康煕朝以来のことであります。しかし...
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黄河肩衝 こうがかたつき

名物。肩衝茶入、大瀬戸。茶入袋の付札に勅銘とあります。箱裏の色紙に「千代のあきのなかばにすめる河の名やうすきもみぢの色をかるらん」とあり宸筆といい伝えられています。歌は五百年河清を待つという黄河の名を詠み込まれたものです。茶入の色合いを黄河...
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交趾焼 コ一チやき

交趾焼という言葉はわが国の茶人間である彩種の釉軟陶を指していうものですが、それらの品が交趾すなわちコ一チン・チャイナ(インドシナ)でつくられた訳ではなく、交趾通いの貿易船によってもたらされたところから出た名であります。本来の産地は不詳ながら...
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乾隆窯 けんりゅうよう

中国清朝乾隆帝の六十年間(1736-95)における景徳鎮の官窯並びにその窯器を指す。乾隆の初期には雍正年間(1723I三五)からこの地に駐在して窯事を監督した有名な唐英が引き続き1749年(乾隆一四)まで窯務の監督に従事していました。唐英は...
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乾也 けんや

江戸の陶工三浦乾也。天禄堂と号しました。1821年(文政四)生まれ。幼名藤太郎。早くから伯母の夫井田吉六の許にいたが、出奔後自ら土人形をつくりこれを売りました。のち西村貌庵に見出され二十四歳の頃から破笠風の品をつくり有名になりました。その後...
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源内焼 げんないやき

讃岐国志度(香川県大川郡志度町)の陶器。舜民焼ともいいます。平賀源内が宝暦年間(1751-64)長崎から伝えた交趾焼の陶法によって始めたもので、作品は主に弟子の脇田(堺屋)源吾(舜民)や五番屋伊助(赤松松山)が源内の指導によってつくったもの...
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献上古九谷 けんじょうこくたに

明朝風の五彩(緑・青・黄・紫・赤)のほかに黒色の骨線、染付藍緑、錆茶色の釉下彩の八色をことごとく具えたものをいいます。古九谷のうち最上で時代が最も古いものです。領主に献上するほどの優品ということ。
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乾山 けんざん

乾山 けんざん乾山 けんざん乾山 けんざん仁清・乾山・木米の三人をわが国の三大陶工とします。乾山は姓を尾形、名を惟允、通称権平といきました。乾山の号は初めて窯を築いた鳴滝(京都市右京区)の地が皇城の乾の方角に当たっていたことから付けられた。...