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陶芸

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玄悦 げんえつ

対馬藩の御抱え医師で姓は船橋、もと京都の人。茶の湯に心篤くまた窯芸に通じていました。1663年(寛文三)初めて朝鮮に渡り釜山窯で製陶。その作は砂気が多く黒味がちのざらざらした伊羅保風のものです。また南蛮や呂宋風のものもありますが、煉し焼きの...
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建蓮 けんさん

中国建窯の蓋。わが国ではいわゆる天目茶碗の総称で、一に建山にも作る。またある種の天目茶碗の特称でもあります。例えば『君台観左右帳記』『茶湯正伝集』に第一曜変・第二油滴・第三建蓋とあります。建蓮は中国北宋中期以前から闘茶家の間に流行し、兎毫蓋...
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月迫 げっぱく

中興名物。真中古茶入、野田手。銘の由来は不詳。地釉は鼠に薄紫を帯びて光沢は麗しく、釉色は同手面影茶入に酷似。もと小堀遠州の所持。1674年(延宝二)12月28日小堀備中守政之(号宗慶)の形見としてその子和泉守政恒から稲葉美濃守に譲与され、の...
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月白 げっぱく

極めて淡い青白色。中国磁器彩色の形容の一つ。おおむね均窯などの白濁青釉の色を指す。(『飲流斎説甕』)
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鶏竜山 けいりゅうざん

朝鮮忠清南道公州の東南16キロに屹立する鶏竜山の山麓傾斜面には、高麗末期より近年に至るまでの多数の窯跡があります。1934年(昭和九)12月以降盛んに発掘されて有名となりました。ここで発見された陶器を今日普通に鶏竜山三島といいます。中国の南...
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鶏盃 けいはい

チキン一カップ。鶏の絵を描いた盃の意で、中国明代成化(1465-87)の豆彩磁に盛んにこれがつくられたことから出た語であります。カップといっても小さい煎茶茶碗の形で、これに類する豆彩磁ならば鶏が描いてなくてもこう呼ぶことがあるようで、また成...
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慶人 けいにゅう

楽家十一代。実は丹波国南桑田郡国分庄(京都府亀岡市千歳町国分)の小川直八の三男で、幼時より楽家十代旦人に養われていました。1817年(文化一四)生まれ。幼名惣吉、のち吉左衛門、譚は喜貫、剃髪して慶入と号しました。三十八歳の時養父旦入が死んだ...
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邪州窯 けいしゅうよう

または那窯。中国邪州窯の窯跡は未だに発見されていないので断定するわけにはいかないが、おそらく河北省邪州内邱県(邪台県内丘)近傍にあるようで、唐代に越州青磁と並び称される白磁を多数産したと考えられます。唐の白磁とされているもののうち、その大部...
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九朗焼 くろうやき

尾張藩の臣平沢清九郎父子の作。父は九朗・今昔庵と号し1772年(安永元)生まれ。茶事を好みまた勤仕の余暇に製陶を楽しんです。その器は多く瀬戸窯の古法に倣うが、時に唐津・南蛮などを模した器があって、すこぶる妙域に達しています。世に九朗焼といい...
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くらわんか茶碗 くらわんかちゃわん

江戸時代摂津国枚方(大阪府枚方市)付近で、淀川通いの船に酒食を売る船で用いた粗磁の茶碗。徳川家康から許しを受けたといって言葉も乱暴に「餅くらわんか酒くらわんか」と叫んで売りました。もとは肥前(佐賀・長崎県)地方の染付の粗物または伊予国(愛媛...