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禅門谷窯 ぜんもんだにがま

佐賀県西松浦郡有田町大字禅門谷の三つの古窯。「向平窯」禅門谷字向平。三窯のうち最も早期のもので、高麗唐津風の古風な作行に鉄釉を片身替りなどに施しました。後期には下手物の染付の雑器をつくりました。【一本松窯】文禄の役後の渡来朝鮮人が寛永年間(...
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千峯翠色 せんぽうすいしょく

中国唐代の越州窯の青甕を美称して千峯翠色といいます。陸亀蒙の詩に「九秋の風露越窯開き、千峯の翠色を奪ひ得来たる」とあります。
原色陶器大辞典

せんべ壷 せんべつぼ

伊賀・信楽の古陶。昔は茶葉を貯える壷であったらしいですが、今は花入に転用されています。時代は種壷よりも新しく作風も進歩し、琥縮細工で口造りは丸く捻り返してあります。素地はよく焼き締められ、釉薬が吹き出たものやおもしろく釉の掛かったものがあり...
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煎餅手 せんべいで

瀬戸茶入の焼き膨れのあるものです。古瀬戸煎餅手はいずれの窯からも出ます。窯の中で火気が強く当たり、上釉がカセて地土の膨れたものです。焼き膨れのある状があたかも煎餅に似ているところからの名であります。(『瀬戸陶器濫鯛』『宝樹庵茶入窯分』)
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善福寺 ぜんぷくじ

名物。楽焼茶碗、黒、加賀ノンコウ七種のうちの一つ。金沢の善福寺の什物であったのでこの名があります。のち諸家を経て益田家に入りました。1917年(大正六)赤星家入札の時は八千九百円でありました。(『大正名器鑑』)
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千野四郎右衛門 せんのしろえもん

尾張瀬戸の陶祖藤四郎景正の前名。景正に関する異説の一つに、彼は源頼朝の家臣で尾張の住人である加藤治景廉の家人で、本名を千野四郎右衛門といいましたが、のちに主君の加藤を許されて加藤四郎左衛門と改めたといいます。※かげまさ
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宣和博古図 せんなはくこず

書名。三十巻。中国宋代大観年中(1107-10)勅命により玉総等が撰しました。博古図一博古図録とも呼ばれ、呂大臨の考古図一朱徳潤の古玉図と合わせて三古図と称します。宮中宣和殿所蔵の古器を記録したものです。今日からみると誤謬の点が多いようです...
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善徳窯 ぜんとくがま

唐津焼の古窯。佐賀県伊万里市大川町大川野に窯跡を留めています。享保年間(1716-36)に椎ノ峯の工人が来て開窯したものといい、製品は雑器のみで粘土質素地に刷毛目の化粧掛けをし、飴色の鉄で山水草花の疎文があります。呉須を用いたものはまれで、...
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箭桶瓶 せんとうへい

箭桶(矢を貯える器)形の瓶。その形によって名付けられたもので、口と足とは直下して相等しく全体は海巣状でありますが、六弁、七弁などあって同じではないようです。三弁の正海巣とはいささか異なります。足はほぼ締まっているから帽架ではないようです。(...
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宣統年製 せんとうねんせい

大清宣統年製の款識のある磁器をまれに見出すことがあります。宣統(1909-11)は中国清朝最後の年号。この器が果たして清朝の御窯であるか否かはわからないようです。概して薄手の胡月軒風の粉彩手のもので、近世景徳鎮の作品中の上々の部に属します。...