古薩摩 こさつま

一般に古薩摩というのは薩摩焼開窯初期の作品を指し、陶工は帰化朝鮮人星山仲次金海・芳珍・金和・金林・田原万助・同友助・朴平意・朴貞用や有村碗右衛門ら。 年代は江戸時代初期、藩主は島津義弘・家久・光久の三代。 窯は帖佐・加治

忠度 ただのり

薩摩焼茶入。中興名物。薩摩守忠度の名が知名であることから、薩摩焼であるこの茶入に「忠度」と付けたもので、命銘は『名物目利聞書』によれば細川三斎とあるようで、内箱書付も三斎の筆と推察されます。もと江戸深川の豪商冬木小平次の

吾妻野 あづまの

薩摩筒茶碗。帖佐焼は薩摩諸窯の中でも最も古い窯の一つで、文禄・慶長の役(1592-8)に出陣した藩主島津義弘が連れ帰った、朝鮮の陶工金海(星山仲次)によって開かれ、藩主専用の御庭焼窯として、茶碗・茶入など雅陶を数多く焼成

乃の宮 ののみや

薩摩茶碗。釉の変化が多彩で、見込の景色にも、高台近くの作振りにも茶情が濃いです。この茶碗に限らず薩摩焼は、釉が何段にもかけ合わされて、その景色の面白さを珍重し、見所としています。嵯峨の野宮の鳥居は木を削らず使いますが、そ

薩摩筒茶碗 さつまつつちゃわん

こうした筒形の薩摩茶碗を、最も初期の古薩摩に比定したことがありました。しかし薄い器体や、釉を二重、三重にかけるという手の込んだ技法などから、今日では、幕藩体制も整った江戸初期頃の好みの表れ、小堀遠州をはじめとする茶人たち