唐津茶碗 銘 中尾

鶴田 純久
鶴田 純久

唐津 銘中尾

付属物 箱 桐 白木 薬龍 書付 小堀遠州筆
伝来 中尾是閑―木村茂兵衛―鴻池家
寸法
高さ:7.5―8.0cm 口径:15.4―16.0cm 高台径:6.2cm 同高さ:0.7cm 重さ:449g

 この茶碗は、物にとらわれない、のんびりとした気分をいだかせる、おおらかな茶碗です。随分茶人に愛され、使いこまれた茶碗らしいです。
 この茶碗にも見られるように、使いこむにしたがって、美しくなるということが、茶碗の一つの条件です。窯から出たときは、あまりたいした茶碗ではなかっただろうと思われますが、これを使いこむとどろに茶人の美意識が働きます。
 加賀藩の医者、中尾是閑が愛蔵していた二つの茶碗の一つで、一つを「中尾」、他を「是閑」と銘しました。  「是閑」の方は枇杷色をして、井戸茶碗風ですが、この「中尾」は、純然たる唐津で、これは唐津の初期のものです。
 姿は、椀なりで、上半分に釉をかけ、下半分以下高台まで土を見せて、こうした形が、唐津茶碗の基本となっています。

唐津茶碗 銘 中尾

高さ:7.8~8.1cm
口径:15.2~16.0cm
高台外径:6.5cm
同高さ:0.7cm

 是閑唐津とともに有名な茶碗で、中尾是閑という医師が所持していたとも、また好みで作らせたともいわれ、中尾の銘がつけられています。
 中尾と是閑を、なぜに分け、まただれがつけたということは、今日わかっていません。この中尾唐津は、是閑唐津に比べ、焼成が酸化ぎみで、全体が枇杷色で柔らかいため、この茶碗のほうを高く評価する人もいる。素地は小砂まじりの、ざんぐりとした荒土で、素地の長石分が多いためか、堅く焼き締まっています。わずかの鉄分があり、露胎の部分は、ほんのりと茶かっ色に焦げ、茶渋でよごれて暗かっ色になっています。
 これに透明性の釉薬が内外にかかり、全面に荒い貫入があります。焼成は酸化ぎみで、総体は枇杷色ですが、還元して、一部青みをおびたところもあります。焼成はやや甘く、釉膚はじわりとして光沢が鈍い。腰以下は露胎ですが、高台脇に、釉薬のついた指で握ったあとがあり、二ところ斑状に飛び薬がついています。
 形は□の広い平たい茶碗で、一見、是閑唐津によく似ていますが、縁が是閑のように端反りぎみでなく、俗に坊主口と呼んでいる、丸く、まっすぐにつまんだ口作りです。分厚い高台は、低くて大きく、どっしりとしています。
 内面見込みはへこみ、施釉が厚く、梅花皮(かいらぎ)状にちぢれ、貫入が特に荒く、目跡が三つあります。
 口辺に、小さいほつれが七つ、八つあり、黒漆で繕っています。また、細い樋が五、六本ありますが、ともにそう目だちません。どっしりとして重々しい作りの、唐津ではすぐれた茶碗の一つであ&。枇杷色の膚や、平凡だがどっしりとした姿を、是閑以上に評価する人もありともに唐津では、まれに見る茶碗です。
 是閑と同じく、桃山末か江戸初期に、松浦系の唐津の窯で作られたものでしょうが、どこの窯ということは答えられません。
 なお、中尾唐津と呼ばれている茶碗は、根津美術館にもあります。還元して青みをおびた、作りのもっと薄い、背のもっと高い、軽妙な感じの茶碗です。中尾唐津と呼ばれるものが、この二碗以外にもあるかどうか知りませんが、中尾唐津と呼ばれますものの、遺品の少ないことはたしかです。
 付属物は、
内箱 桐白木 蓋表書き付け「中尾」
 是閑唐津と同じく、もと鴻池家に伝世したものと伝えられています。
(小山冨士夫)

唐津 奥高麗茶碗 中尾唐津

高さ8.0㎝
口径16.0㎝
高台径6.2㎝
 「是閑唐津」とともに、古くから唐津の名碗として名高いが、質や作風はむしろこの方が古様で素朴さに富んでいます。
最もこちらは釉調が柔らかく酸化して枇杷色を呈するので、そう感じるのかもしれないようです。
低く大きい高台の縁に、釉のついた手で握ったために起きたものと思われる飛び釉があるようで、白くなだれた長石の溜りとともに面白い景色になっています。
口縁の少し下に細い溝が一本横に走り、この碗の姿をよく引き締めています。

 この茶碗は中尾唐津と呼ばれています。中尾是閑の所持によるとされていることからの称で、中尾と是閑を区別するのは不合理ですが、なぜ分けたかは判然としません。中尾唐津は是閑唐津に比べ、焼成が酸化気味で枇杷色の膚をしていますが、基本的には作振りは変わりません。中尾の方が腰に段がありませんので、より素朴な趣が強いです。分厚い高台は低く大きく、内面と外側の腰回りにかけて全面にかかった釉の膚には荒い貫入があらわれ、高台脇に釉薬のついた指でにぎった跡があり、二か所に釉が飛んでいます。浅くへこんだ内面見込は釉が厚くかかり梅花皮状に縮れ、目跡が三つ残っています。
根津美術館にも中尾唐津といわれる茶碗が蔵されていますが、作振りはかなり異なります。この種の唐津茶碗と中尾是閑なる人との関係については、今後の考察を待ちたいです。是閑唐津とともに大阪鴻池家に伝来しました。

中尾 なかお

唐津茶碗。窯から出したときは平凡な雑器で、見所のある茶碗ではなかったろうが、茶人に愛され、使い込まれて茶味横溢しました。
使い込んで美しくなるところに、茶人の美意識を感じるのです。加賀藩の中尾是閑が愛蔵したのでこの銘があります。姿は椀形で、上半分に釉をかけ、下半分以下高台まで土をみせる、物に捉われないおおらかな茶碗です。唐津茶碗としては最も初期のもので、高麗茶碗に見まごうばかりです。《付属物》箱-桐白木薬寵蓋、書付小堀遠州筆《伝来》中尾是閑1木村茂兵衛I鴻池家《寸法》高さ7.5~8.0 口径15.4~16.0 高台径6.2同高さ0.7

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