織田有楽造茶杓 おだうらく 共筒

織田有楽造茶杓
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鶴田 純久の章 お話
織田有楽造茶杓
織田有楽造茶杓

順樋で樋が深く、櫂先が長い。
蟻腰は高く、利休にまがう作意気である。
晩年の削りと推察される。
筒は真筒に面取りし「〆 有楽」の書付があり、無銘である。
有楽は名を長益。
天文十六年、信長の弟として生まれる。
摂津にて二千石を領す。
関ヶ原の役で東軍に加わり、戦功によって大和国山辺郡の地を加え三万石を領した。
その後大阪城に拠り、秀頼生母淀君の叔父にあたる立場から秀頼を補佐したが、冬の陣に和議を斡旋した後、元和元年から京都二条に隠棲し茶事に親しむ。
元和七年十二月没、七十五歳。
【付属物】 替筒―仙叟宗室作どま竹「織田有楽公作千宗室(花押)」外箱蓋裏書付覚々斎原叟筆「織田有楽茶杓筒共名アリ仙叟極筒共」

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