白片身替茶碗 銘不二山 102

白片身替茶碗 銘不二山 102
白片身替茶碗 銘不二山 102
白片身替茶碗 銘不二山 102
ライン

国宝
高さ8.5cm 口径11.6cm 高台径5.4cm
 内箱蓋表に「不二山 大虚蕃図」と本阿弥光悦自身が書き付けているが、伝世の光悦茶碗のなかで光悦共箱といえるものはこれ一つである。光悦茶碗中第一の名作と称され、桃山時代以来焼造された茶の湯の茶碗のなかでも、もっとも品格の高い作振りの茶碗といわれている。「不二山」の銘は、いうまでもなく白釉のかかった茶碗の下半分の釉膚が焦げて灰黒色に火変りしたさまに、白雪をいただく冨士の山を連想したのと、窯中で偶発した思わぬ景色が二つとできぬものということから、光悦自身が銘して書き付けたと思われる。
 腰にきっかりと稜をつけた半筒形の茶碗で、腰から口にかけて開きぎみに立ち上がり、畳付の平らなくっきりとした輪高台をつけ、高台際から腰にかけては低く直線的に持ち上がっている。このような姿は光悦茶碗の代表的な形式の一つで、「七里」「加賀光悦」「光悦黒」など一連共通しており、また長次郎焼など光悦以前の手提ね茶碗にはなかった独特の形であった。
 総体やや厚手で、平たくした口縁には面取箆を加えて変化をつけ、胴はまことに丹念に細かく削り上げ、見込も中央をやや深く削りつつほぼ平らにしていて、その緩やかな曲面は光悦特有のものである。
 この茶碗の造形上の最大の見所は、高台と高台際から腰回りにかけての作行きの見事さで、高台内の削込みも光悦独特の手ぐせがうかがわれ、これほど荘重であり、しかも緊迫感に満ちた作行きの高台は他に見たことがない。全面に白釉をかけて焼成したらしいが、窯中で、内外ともに釉面が黒褐色に変化して、思いもかけぬ景色が生まれたように推察される。焦げ膚は鉛色をおびたところもあり、また一部剥落して白い釉があらわれている。
 光悦の娘が婚家先に持参していったものと伝えられ、娘の振袖の残片という綸子地に縫取りのある小さな裂が付属し、俗に振袖茶碗とも呼ばれたらしい。伝来は判然としないが、天保頃比喜多権兵衛が所持し、後に姫路侯酒井雅楽頭忠学の蔵となって同家に伝来した。

About the author: Yoshihisa Tsuruta