


名物 尾州家伝来
略伝
祖父は足利家同朋田中千阿弥、これに因み千氏を名のる。宗易と称し抛筌斎と号す。茶は北向道陳、後に紹鷗に学ぶ。初め織田信長に仕え、信長死後、豊臣秀吉に仕え、三千石を賜う。天正十三年(15八五)正親町帝に献茶して利休なる居士号を勅賜、天正十九(1591)年二月突如罰せられ、同二十九日切腹す。行年七十。 あるいは六十九とも。
茶杓
利休茶杓のうちでも稀に見る静かな、つつましやかな形である。所伝では、利休最期に際し、信愛せる古田織部と細川三斎の二人にそれぞれ茶杓を与えた、その一杓のうちである。
筒
古田織部が利休死後、その形見なる師の茶杓を保存するためにできるかぎり荘厳さを加えるため、竹筒の内外を真塗にし、中央に方形の窓を明けた。この窓は、中なる杓を利休その人と想定し、師に面する心で朝夕礼拝した。
付属物
内箱 溜塗 金粉文字 書付 「泪茶杓 利休作 古田織部所持」
外箱 桐 白木 書付 「名物千利休作 御茶杓 銘泪」
所載
古今名物類聚 茶杓三百選
追記
尾州徳川家に入った経路は、古田織部刑死の後、古田家家財一切は徳川幕府に没収され、後尾州徳川家に移ったという。
寸法
茶杓
長サ17.3cm
幅0.4―0.8cm
厚サ0.3cm
筒
長サ21.2cm
径2.4cm
所蔵者
東京 徳川黎明会(名古屋 徳川美術館保管)



