酢屋久 すやきゅう

marusankakusikaku
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鶴田 純久の章 お話

加賀国小松(石川県小松市)の人。
名を久平といい代々米酢醸造を業としました。
1861年(文久元)本郷村粟生屋源右衛門の窯を買収して製磁の業を始めたが不成功に終わりました。
1877年(明治一〇)以後九谷焼の改良とその販路拡張に努め、松本佐平・石田平蔵らと精巧品の製出を図りました。
また神戸に販路を開き、1882年(同一五)に納富介次郎の説を採り入れて同業盟約の主唱者となり功を奏したといいます。
翌年隠居して久と称しました。
(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)

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