お話 青木栄五郎 あおきえいごろう 加賀国(石川県)の陶工。東郊・栄亭などの号があります。粟生屋源右衛門の子で父の様式を学び楽焼にすぐれていましました。1862年(文久二)前田家に招かれ能美郡小松(小松市)から金沢に移りました。1906年(明治三九)没、六十二歳。養嗣子二三郎... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 青木周吉 あおきしゅうきち 京都の陶工木米の長男。1835年(天保六)周吉の名義で木米版『陶説』が公刊。小雲と号したともいい、また文山を師として粟田窯で贋物だけをつくっていたとも伝えられます。1843年(同一四)10月22日没、十八歳。(『平安名陶伝』) 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 青木善右衛門 あおきぜんえもん 釜山窯の陶工。対馬の『朝鮮方日記』によれば、1669年(寛文九)および1678年(延宝六)の二度師を命じられ朝鮮の釜山窯に渡りました。(『釜山窯卜対州窯』)釜山窯 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 青木宗平 あおきそうへい 大和国(奈良県)郡山藩の御殿医。号は木兎。茶道に造詣が深くまた楽焼が巧みで、赤膚山の窯で製陶したといわれます。その年代は、赤膚焼が一時中絶したのち享和(1801-4)の頃に柳沢尭山が再興した一時代から安政(1854-60)にかけてと推定され... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 青木宗兵衛 あおきそうべえ 京都の陶工。金花山と号し代々宮中の調度をつくりました。三代金花山は1869年(明治二)6月鹿児島に赴き竪野および田ノ浦窯に従業、廃藩後も田ノ浦に留まっていたが、1875年(同八)奄美大島に渡り窯を大和浜に築いて製作、値が安いところから大いに... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 青木寅吉 あおきとらきち 東京の陶画工。青雲亭虎勢と称しました。青雲亭彦丸について技術を習得し1861年(文久元)に開業、もっぱら九谷風の盃類の焼付画を描いていたが数年後に花瓶類に移り、さらに薩摩風の草花の密画を描くことに従事していたようであります。1879年(明治... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典