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人物

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寺沢広高 てらさわひろたか

肥前国(佐賀県)唐津城主寺沢志摩守広高。1594年(文禄三)に波多三河守好清か秀吉に所領を没収された際、広高があとを継いでこの地を領しました。1602年(慶長七)舞鶴城の建設を始め、1608年(同一三)竣工しここに移りました。広高は唐津焼の...
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鶴田巳之吉 つるたみのきち

肥前有田泉山の陶工。幕末頃の人。その作には所掲のような印があります。(『有田古陶磁銘款集』)
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出口王仁三郎 でぐちおにさぶろう

宗教家。大本教聖師。1871年(明治四)8月22日、京都府亀岡に生まれました。幼名喜三郎。喜三郎をもじって鬼三郎と署名したことがあり、のちそこから王仁三郎と改名。1899年(同三二)京都府綾部の出口なおを開祖とする大本教に入り、同教の確立と...
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手塚亀之助 てずかかめのすけ

肥前有田の人。1874年(明治七)深川栄左衛門ら四人と香蘭社を起こし、1876年(同九)アメリカのフィラデルフィア大博覧会の際渡航してわが国の磁器の名声を上げました。 1879年(同二一)栄左衛門と分離し辻勝蔵ら四人で精磁会社を起こしました...
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津田宗及 つだそうきゅう

茶人、堺の人商人天王寺屋津田宗達の長子。生年月日は不明。通称助五郎、大徳寺の大林和尚から天信の道号を授けられ、また更幽斎と号しました。なお受世法眼と称したともいわれます。堺会合衆の職を継ぎ早くから織田信長に近づき、1568年(永禄一一)信長...
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長入 ちょうにゅう

楽七代。六代左入の子、初名惣吉(宗吉・叉吉・宗岱ともある)。譚は栄清、のち吉左衛門、槌斎と号しました。1752年(宝暦二)剃髪し、初代長次郎の一字をとって長入と称しました。作行はいったいに無為で匠気を止めず、うち黒は漆黒に映え、赤は淡白な柿...
人物

沈寿官 ちんじゅかん

薩摩国(鹿児島県)苗代川焼の陶工。帰化朝鮮人である沈当吉の十代目で、明治時代の名工。1857年(安政四)苗代川窯に初めて磁器工場が設けられた際その主取役を命ぜられ、コーヒー茶碗・洋食器などの輸出品、および雑器をも産出しました。1873年(明...
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辻喜右衛門 つじきえもん

肥前有田の陶家。1668年(寛文八)仙台藩主伊達綱宗から江戸の陶商伊万里屋五郎兵衛を経て染付磁器の用命を受け、精良な品を納めました。伊達氏はこれを皇室に奉献したのでありますが、以来佐賀藩主に命じて年々御料の器若干を喜右衛門に調製させ上納させ...
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辻喜平次 つじきへいじ

肥前有田の陶家。辻喜右衛門の後裔で、四代から十代まで喜平次を襲名しました。五代喜平次の1774年(安永三)、代々の栄職である宮中御料品調製を佐賀藩庁を経由せず直接上納することの恩命を蒙り、また常陸大掾の官職を受領しました。製品は青花淡清で、...
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辻玄哉 つじげんや

安土・桃山時代の茶匠。武野紹鴎の一の弟子。和泉国(大阪府)堺の人。屋号を墨屋といい、禁裏御用達の呉服商でありました。紹鴎について茶道を学ぶこと二十年、小壺の大事を伝授されましたが、利休の高弟山上宗二は彼を酷評して、道具に対して目が利かず、茶...