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人物

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千宗旦 せんそうたん

茶人。利休の孫。1578年(天正六)生まれ。母は利休の娘亀、父は少庵。道号を元叔、のち元伯。咄々斎・寒雲・隠翁と号しました。不審庵を継ぎ晩年隠居して今日庵をつくりました。早年十一、二歳頃大徳寺の喝食となり、春屋宗園禅師に従い学業詩才をもって...
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千介 せんすけ

近江国(滋賀県)湖東焼の陶工。尾張国春日井郡大山村(愛知県小牧市大山)の生まれでありますが、1857年(安政四)8月3日彦根藩の御庭焼に抱えられ、1860年(万延元)辞して帰郷したといいます。(『湖東焼之研究』)
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仙叟 せんそう

千仙叟宗室。裏千家第四代。元伯宗貝の四男。1622年(元和八)生まれ。幼名玄室。宗旦の次男一翁宗守が武者小路千家、三男江岑宗左が表千家を称し、三千家として今日に栄えています。仙叟は1642年(寛永一九)加賀国(石川県)前田利常に仕え、その茶...
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仙亭 せんてい

もと出雲国(島根県)母里藩士隅田弥一兵衛、仙亭はその号。1820年(文政三)2月生まれ。天性俊敏で非常に手工に長じていました。十五歳の頃藩内に起きた贋札事件に関し嫌疑を受けて江戸に出奔、のち許しを得て母里(安来市伯太町母里)に帰住(あるいは...
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千道安 せんどうあん

茶人。千利休の長子。1546年(天文一五)の生まれ。初名紹安。推枕軒・不斎・不休斎とも号しました。晩年春屋宗園禅師から眠翁の道号を与えられました。茶を父に学び、秀吉に仕えてその茶頭の一人となりました。1591年(天正一九)の父の死後一時飛騨...
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千野四郎右衛門 せんのしろえもん

尾張瀬戸の陶祖藤四郎景正の前名。景正に関する異説の一つに、彼は源頼朝の家臣で尾張の住人である加藤治景廉の家人で、本名を千野四郎右衛門といいましたが、のちに主君の加藤を許されて加藤四郎左衛門と改めたといいます。※かげまさ
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瀬戸勢至 せとせいし

中興名物。古瀬戸茶入、芋の子。その胴の景色が勢至菩薩に似たところがあるのでこの銘があります。小堀遠州所持、後年森川五郎右衛門に伝わり、さらに鹿島清兵衛の有となり、同家より馬越恭平に入りました。(『大正名器鑑』)
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善九郎 ぜんくろう

尾張国(愛知県)瀬戸品野の陶工六世加藤善九郎重高。九郎右衛門重行の子で、1619年(元和五)に生まれ、1636年(寛永一三)本家を相続し陶業を営んです。一説に、重高は父と同じく村上の姓を称したともいいます。1683年(天和三)正月没、六十三...
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赤水 せきすい

近江国(滋賀県)の陶画工。同国犬上郡高宮村(彦根市高宮町)の人。本名善次郎。1856年(安政三)8月に藩の許可を得て自宅において焼付絵窯元となりました。素地を湖東焼・瀬戸・山口窯などに取り、錦手・金欄手・銀側手を主とし、ほかに青釉などの彩釉...
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清風与平 せいふうよへい

京都の陶家。号梅賓。1803年(享和三)金沢に生まれました。1815年(文化一二)京都に来て高橋仁阿弥の門に入り、文政年中(1818-30)師の命をもって伏見桃山三夜の荘に窯を築き楽焼をつくりました。1847年(弘化四)岡山藩伊木氏に招かれ...