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亀井半二 かめいはんじ

名古屋の人。幼い時から絵画を好み、名古屋の画人山本梅逸に従って画を学んです。しかし浮世絵に妙を得て師の意に適わないようになり、ついに師の家を去り文政年間(1818-30)瀬戸に来て塊仙堂治兵衛・真陶園半助などの家に遊び、各種の陶磁器に絵画を...
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亀田純蔵 かめだじゅんぞう

加賀金沢の人。名は章、号は鶴山または鹿心斎。代々金沢の豪家で1790年(寛政二)に家柄に列し、純蔵に至り町年寄・銀座両役を命ぜられました。1806年(文化三)金沢町会所、の決議により、風流をもってかねて交際のあった京都の名工木米を招き春日山...
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亀屋喜八 かめやきはち

名古屋の人。姓は若山、草結庵と号し寛政年間(1789-1801)の点茶家。ときどき陶器をつくり所掲の印を刻しました。(『をはりの花』)
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亀屋文平 かめやぶんぺい

京都清水焼の陶工。1873、四年(明治六、七)頃から五条坂で磁器製造を専業とし、1905年(明治三八)頃没、六十余歳。
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乾巴 けんぱ

明治期の東京の陶工。本名塚本寅吉。三浦乾也の門下。琥輸の妙手であったが画才はなく、その作品の絵付は向島(墨田区)の画工提雨の描いたものです。乾セの号は大槻如電の命名によります。画才を欠くゆえに乾也の一画を略して乾竹」と命じたといいます。作風...
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亀屋六兵衛 かめやろくべえ

京都清水焼の窯家。初代亀亭の門弟で、備前国(岡山県)から亀亭に随って京都に出ました。弟が二人います。一人は三田(兵庫県三田市)に移り一人は陶画工となりました。二代目は亀熊で、三代目亀寿、四代目某も陶工、五代目からは陶画工となって他に移ったと...
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可楽三造 からくさんぞう

明治初期の陶工。もと磐城国(福島県)湯本の人。陶器手握ねの業に詳しくまた彫刻に巧みで、最初江戸に出て軟陶をつくり所掲の款識を付して世に出し、のち大阪に移りました。(『日本陶器目録』)
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烏丸光広 からすまみつひろ

桃山・江戸初期の公家。光宣の子。1579年(天正七)生まれ。1611年(慶長一六)正二位権大納言に昇進。和歌と物語文学を細川幽斎に、禅を沢庵和尚に学んです。烏有子と号し、書画をもよくしました。性格豪放で奇行に富み、また茶を好み、円照墨蹟・北...
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金森宗和 かなもりそうわ

徳川初期の茶人。宗和流の祖。1584年(天正一二)生まれ。本名重近。飛騨国(岐阜県)高山城主金森長近はその祖父。父を出雲守可重といいます。初め秀吉に仕え従五位下飛騨守に叙され、さらに父と共に徳川氏に属しましたが、大阪冬の陣に際し所領のことで...
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金森得水 かなもりとくすい

伊勢国(三重県)田丸藩の家老。名は仲、字は長興。自ら琴屋叟と称しのちに得水と改め、別に玄甲舎と号しました。名水を探し茶を点てて余年を楽しみましたが、早くから吸江斎宗左に従って茶の奥を窮めました。著書に『古今茶話』五十巻、『習事十三箇条大柴抄...