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千野四郎右衛門 せんのしろえもん

尾張瀬戸の陶祖藤四郎景正の前名。景正に関する異説の一つに、彼は源頼朝の家臣で尾張の住人である加藤治景廉の家人で、本名を千野四郎右衛門といいましたが、のちに主君の加藤を許されて加藤四郎左衛門と改めたといいます。※かげまさ
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善福寺 ぜんぷくじ

名物。楽焼茶碗、黒、加賀ノンコウ七種のうちの一つ。金沢の善福寺の什物であったのでこの名があります。のち諸家を経て益田家に入りました。1917年(大正六)赤星家入札の時は八千九百円でありました。(『大正名器鑑』)
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煎餅手 せんべいで

瀬戸茶入の焼き膨れのあるものです。古瀬戸煎餅手はいずれの窯からも出ます。窯の中で火気が強く当たり、上釉がカセて地土の膨れたものです。焼き膨れのある状があたかも煎餅に似ているところからの名であります。(『瀬戸陶器濫鯛』『宝樹庵茶入窯分』)
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千峯翠色 せんぽうすいしょく

中国唐代の越州窯の青甕を美称して千峯翠色といいます。陸亀蒙の詩に「九秋の風露越窯開き、千峯の翠色を奪ひ得来たる」とあります。
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千少庵 せんしょうあん

茶人。干利休の養子、すなわち、利休の後妻宗恩の子。1546年(天文一五)生まれ。俗名四郎左衛門。宗淳と号しました。少庵は春屋宗園禅師から授けられた道号。妻は利休の娘亀。道安は同年令の義弟に当たります。32、3歳で母と共に干家に入り、よく父の...
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禅門谷窯 ぜんもんだにがま

佐賀県西松浦郡有田町大字禅門谷の三つの古窯。「向平窯」禅門谷字向平。三窯のうち最も早期のもので、高麗唐津風の古風な作行に鉄釉を片身替りなどに施しました。後期には下手物の染付の雑器をつくりました。【一本松窯】文禄の役後の渡来朝鮮人が寛永年間(...
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千介 せんすけ

近江国(滋賀県)湖東焼の陶工。尾張国春日井郡大山村(愛知県小牧市大山)の生まれでありますが、1857年(安政四)8月3日彦根藩の御庭焼に抱えられ、1860年(万延元)辞して帰郷したといいます。(『湖東焼之研究』)
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千里山古窯址群 せんりやまこようしぐん

大阪府吹田市の小路・片山・佐井寺などに群在する須恵器窯跡群。窯跡の所在地一帯はいわゆる千里山丘陵の一角に当たり、標高五〇メ一トル前後の丘陵が起伏し、丘陵を削るいくつかの谷の斜面に須恵器を焼成した1窯が点々と残されています。千里山古窯址群にお...
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仙叟 せんそう

千仙叟宗室。裏千家第四代。元伯宗貝の四男。1622年(元和八)生まれ。幼名玄室。宗旦の次男一翁宗守が武者小路千家、三男江岑宗左が表千家を称し、三千家として今日に栄えています。仙叟は1642年(寛永一九)加賀国(石川県)前田利常に仕え、その茶...
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僊林 せんりん

茶書。僊も林も仙の意。茶は仙なりというところからきた名であるでしょう。慶長十七年(一六ごI)の二平寿悦という者の奥書があります。もともと『数寄道次第』第二巻に収められていたものを、永島福太郎の考定により『僊林』と名付けられたもので、「草人木...