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茶陶

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渋右衛門 しぶえもん

肥前有田南川原窯の陶家酒井田渋右衛門。「酒井田柿右衛門家系譜」によれば、六代柿右衛門(1690、元禄三年出生、1735、享保二〇年没)の後見者であるようで、五代(1691、元禄四年没)の弟。享保(年次の記録なし)9月晦日没(年令不明)とあり...
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志野焼 しのやき

瀬戸系諸窯において焼かれた雅陶で、織部焼の一種。【特徴】志野焼は乳濁釉のところどころに紅赤色の火色を現わし、あるいはこれに鉄釉の疎画を加えます。胎土は白色粗糖、釉は他の陶磁器と異なり純粋な長石釉を施し、貫入があります。鉄絵の文様は極めて簡素...
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志戸呂焼 しとろやき

遠江国榛原郡五和村字志戸呂(静岡県榛原郡金谷町志戸呂)の産。いわゆる遠州好み七窯の一つ。窯は古く行基焼の名が残っています。天正年中(1573-92)に美濃国(岐阜県)久尻の陶工加藤庄右衛門景忠がこの地に来て五郎左衛門と改名して従業しました。...
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七官青磁 しちかんせいじ

中国青磁に対するわが国における分類の一つ。釉色は天竜寺に比べて翠青色を帯び、砧に比べて透明性があります。ちょうど青ビ一ドロを見るようなすこぶる光沢が強い釉薬で、甕胎の含有鉄量はおおむね少ないようです。また砧・天竜寺にはだいたい貫大がないが、...
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信楽焼 しがらきやき

滋賀県甲賀郡信楽町の産。隣地の三重県伊賀丸柱窯と並んでわが国最古の陶窯の一つであります。【沿革概要】信楽町黄の瀬大裏野廟祠の廃墟から発見された瓦の破片からみて、この地の陶業は遠く天平宝字(757-65)の頃に草創されたと思われる長野から雲井...
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志賀焼 しがやき

対馬国下県郡厳原在久田村字志賀(厳原町久田)にあったものです。1726年(享保一一)に平山意春らによって御用窯として始まりました。1791年(寛政三)新渡り茶碗窯と称して染付物を製出。栗の画や南京式の山水の画かおり、また粗雑な茶碗などがある...
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塩笥 しおげ

塩笥 斑唐津 点斑文 壺胴が膨らみ、口が狭まった形のものです。もと朝鮮において塩や味噌などを大れる器であったものが、わが国に渡来して茶入に取り上げられ、茶碗や香炉などになったものがあります。
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讃窯道八 さんようどうはち

京都の陶工仁阿弥道八の讃岐国三本松(香川県大川郡大内町三本松五輪)現在では東かがわ市大井戸における作品のこと。1832年(天保三)三本松の堤治兵衛は藩主松平侯の命を受け、仁阿弥道八およびその子(三代道八)を招いて同地に陶窯を開き、翌年作品を...
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椎ノ峯焼 しいのみねやき

唐津焼の古窯。肥前国松浦郡南波多村(佐賀県伊万里市南波多町府招)にありました。1616年(元和二)唐津城主寺沢家の保護のもとに開窯しました。原料の粘土に恵まれ、また伊万里湾に近く伊万里の商大が陶器を盛んに諸国へ輸出したため、一時は全盛を極め...
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三田焼 さんだやき

兵庫県三田市三田の青磁。寛政(1789-1801)初年、三田の豪商神田惣兵衛は陶工内田忠兵衛(志手原窯小西金兵衛の弟子)の青磁焼成の悲願にほだされ巨額の資金を投じて陶業を助けることになり、天狗ヶ鼻に窯を築いました。これが三田焼の起こりであり...