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茶陶

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交趾焼 コ一チやき

交趾焼という言葉はわが国の茶人間である彩種の釉軟陶を指していうものですが、それらの品が交趾すなわちコ一チン・チャイナ(インドシナ)でつくられた訳ではなく、交趾通いの貿易船によってもたらされたところから出た名であります。本来の産地は不詳ながら...
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乾隆窯 けんりゅうよう

中国清朝乾隆帝の六十年間(1736-95)における景徳鎮の官窯並びにその窯器を指す。乾隆の初期には雍正年間(1723I三五)からこの地に駐在して窯事を監督した有名な唐英が引き続き1749年(乾隆一四)まで窯務の監督に従事していました。唐英は...
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乾也 けんや

江戸の陶工三浦乾也。天禄堂と号しました。1821年(文政四)生まれ。幼名藤太郎。早くから伯母の夫井田吉六の許にいたが、出奔後自ら土人形をつくりこれを売りました。のち西村貌庵に見出され二十四歳の頃から破笠風の品をつくり有名になりました。その後...
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献上古九谷 けんじょうこくたに

明朝風の五彩(緑・青・黄・紫・赤)のほかに黒色の骨線、染付藍緑、錆茶色の釉下彩の八色をことごとく具えたものをいいます。古九谷のうち最上で時代が最も古いものです。領主に献上するほどの優品ということ。
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源内焼 げんないやき

讃岐国志度(香川県大川郡志度町)の陶器。舜民焼ともいいます。平賀源内が宝暦年間(1751-64)長崎から伝えた交趾焼の陶法によって始めたもので、作品は主に弟子の脇田(堺屋)源吾(舜民)や五番屋伊助(赤松松山)が源内の指導によってつくったもの...
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乾山 けんざん

乾山 けんざん乾山 けんざん乾山 けんざん仁清・乾山・木米の三人をわが国の三大陶工とします。乾山は姓を尾形、名を惟允、通称権平といきました。乾山の号は初めて窯を築いた鳴滝(京都市右京区)の地が皇城の乾の方角に当たっていたことから付けられた。...
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玄悦 げんえつ

対馬藩の御抱え医師で姓は船橋、もと京都の人。茶の湯に心篤くまた窯芸に通じていました。1663年(寛文三)初めて朝鮮に渡り釜山窯で製陶。その作は砂気が多く黒味がちのざらざらした伊羅保風のものです。また南蛮や呂宋風のものもありますが、煉し焼きの...
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建蓮 けんさん

中国建窯の蓋。わが国ではいわゆる天目茶碗の総称で、一に建山にも作る。またある種の天目茶碗の特称でもあります。例えば『君台観左右帳記』『茶湯正伝集』に第一曜変・第二油滴・第三建蓋とあります。建蓮は中国北宋中期以前から闘茶家の間に流行し、兎毫蓋...
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月迫 げっぱく

中興名物。真中古茶入、野田手。銘の由来は不詳。地釉は鼠に薄紫を帯びて光沢は麗しく、釉色は同手面影茶入に酷似。もと小堀遠州の所持。1674年(延宝二)12月28日小堀備中守政之(号宗慶)の形見としてその子和泉守政恒から稲葉美濃守に譲与され、の...
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月白 げっぱく

極めて淡い青白色。中国磁器彩色の形容の一つ。おおむね均窯などの白濁青釉の色を指す。(『飲流斎説甕』)