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貝高台 かいこうだい

高台の底面に貝殻の痕のあるもの。朝鮮系の陶器にみられる。目砂の代わり。古くは、器物を重ね焼きするとき、熔着を防ぎ、また器の座りをよくし製品の歪を避けるため、器物の間に貝を置いて窯詰を行きましたが、そのため高台に貝殻が付着したり、貝殻の形紋が...
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織部唐津 おりべからつ

唐津焼の一つ。古田織部が好む織部焼を模した唐津焼。桃山時代より唐津と織部の関係は深く、織部が最も深く交流したのは唐津です。秀吉は、文禄、慶長の役に当たって佐賀鎮西町の地に、朝鮮振興の拠点とする名護屋城を築城します。古田織部は、秀吉の本隊に随...
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織部 おりべ

織部 おりべ桃山時代に美濃国(岐阜県)で古田織部の指導によって焼かれた陶器。本来、現今いわれている織部焼と志野(白織部ともいいます)・瀬戸黒などを包含したものであったことは、『茶碗茶入目利書』に「織部、四通有、志ノ、鳴海、瀬戸、絵之手、惣体...
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御庭焼 おにわやき

江戸時代、将軍家や大名たちが邸内に茶器などを焼かせるために設けた窯のこと。
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鬼板 おにいた

褐鉄鉱の一種、第二酸化鉄が主成分で土の鉄分が流れて固まったものなどをいいます。水で溶かしたものが、志野や織部・唐津などの鉄絵として用いられるます。,
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奥高麗 おくごうらい

骨董家のいう古唐津の一桃山時代の所製です。この頃点茶が盛んに行われ人々は高麗の茶碗を愛しましたが、舶載のものが少なくて手に入れ難く、そのため唐津で模造させました。後世これを奥高麗といいました。奥は往古の義で古い高麗というのと同じです。陶肌は...
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尾形光琳 おがたこうりん

1658年、京都の呉服商雁金屋 尾形宗謙の次男として生まれます。尾形家の祖先伊春は、足利義昭に仕える上級武士であったといわれますが、正確なところはわかりません。30歳の時、父の死去に伴い家督を継ぎますが、生来遊び人であった光琳は遊興三昧の日...
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尾形乾山 おがたけんざん

乾山は、寛文3年(1663)京都の富裕な呉服商尾形宗謙(おがたそうけん)の三男として生まれました。兄は画家の光琳です。二人の性格は対象的で、光琳が派手好みであったのに対し乾山は内省的、隠遁的な性格の持ち主であったといわれています。 ,野々村...
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大樋焼 おおひやき

石川県金沢市の楽焼の脇窯。加賀藩主・前田綱紀が、茶道奉行として裏千家始祖の仙叟宗室を寛文六年(1666)に金沢へ招いたことに始まりました。そのとき同道した、樂四代・一入の高弟であった長左衛門が初代となりました。大樋焼は楽焼の脇窯として金沢化...
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大川内山 おおかわちやま

日本で最初に磁器を完成させた鍋島藩は、より高い品質と技法の維持に努め,「藩窯」,を組織し、1675年には有田から大川内山に藩窯を移して、その技法が他に漏れないようにしました。この藩窯では大名や将軍家、朝廷に献上するための高級位な焼き物を、明...