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谷大海 たにたいかい

名物。古瀬戸大海茶入。小堀遠州の箱書付には大と口との二字を一字に合わせたようにみえ、また『小堀御遺物道具』には「大海大口稲留安左衛門」とありますので、この茶入はもと樋口某の所持したものかと思われます。遠州ののち稲留安左衛門、さらに諸家を転々...
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種村肩衝 たねむらかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。一名木下肩衝または都帰り。『松屋日記』に「種村肩衝近江の種村殿所持候故也」とあります。のち佐久間不干斎を経て木下宮内少輔に入り、木下肩衝といわれました。さらに堺の町人のもとに移りましたが、狩野探幽か大金を出して購入。1...
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七夕茄子 たなぱたなすび

大名物。漢作茄子茶入。茶入の底にある七夕の二字の書判は相阿弥筆であるといい、『東山殿飾之記』に「針屋新左衛門小壺一茄七夕大永二年7月云々」とありますので、この銘は東山時代に名付けられたものであるでしょうが、その由来は詳かでないようです。総体...
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棚積 たなずみ

登窯の詰め方の一つ。耐火粘土製の角板と円柱とで棚を組み立て、その間に品物を置き並べて焼成します。また角板を円盤にし円柱を中心にして積み重ねる方法があるようで、これを天秤積といいます。これらの板をエブタと称し円柱をツクといいます。エブタとツク...
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棚倉窯 だなくらがま

磐城国白川郡棚倉(福島県東白川郡棚倉町棚倉)にあるようで、旧領主小笠原長昌の時にすでに陶業が行なわれていましたが、1818年(文政元)その肥前唐津への移封と共に中絶しました。次いで安政年間(1854-60)松平周防守の代に再び起業されました...
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田中窯 たなかがま

佐賀県東松浦郡北波多村田中字窯ノロにあった唐津系古窯。1701年(元禄一四)の椎ノ峰崩れの時陶工文四郎がこの地に来て開窯し、彼が没すると共に廃窯しました。製品は日用雑器で、鉄分の多い素地土に波形・蓮華形・渦巻形の刷毛目を施した現川焼風の下手...
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棚板 たないた

棚積(登窯窯詰法の一つ)に用いられる耐火土の方形の厚板。瀬戸の丸窯では、38cmに45.5cmの長方形で、厚さが3.8cmのものを並といい、45.5cm角で、厚さが3.9cmのものを大額といいます。エブタともいいます。※たなずみ
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竪野焼 たてのやき

鹿児島城下竪野にあった薩摩藩の御用窯。1620年(元和六)島津家久が先代義弘の遺命によって加治木(姶良市加治木町)の星山仲次(金海)を招聘して開窯させました。伸次は同じく帰化朝鮮人であった申主碩(田原友助)・申武信(田原万助)と共に創業しま...
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楯ノ川内窯 たてのかわちがま

佐賀県武雄市山内町楯ノ川内の古窯。また立野川内とも書きます。隣地である板ノ川内は百間窯のあったところでありますが、窯跡からは磁器以前の有色陶器の三島手・刷毛目などが出土し、またその磁器製品は吹掛絵・墨はがしその他の手法をみな具備しています。...
伊賀

伊賀耳付擂座水指 いがみみつきるいざみずさし

伊賀耳付擂座水指 いがみみつきるいざみずさし共蓋。耳は福耳。腰に擂座。強い調子の箆文、ビードロと黄褐色の照りが相交錯し、強火のため素地土がふき出した鮮麗な釉調、どっしりとしてしかも穏当な姿、ただただ天のなせる逸物水指というほかありません。古...