倉崎権兵衛 くらさきごんべえ

出雲国(島根県)楽山焼の創始者。 もと長門国(山口県)萩焼の坂高麗左衛門の門下でありましたが、1677年(延宝五)松江藩主松平綱隆に招かれ、当時銀十枚四人扶持を賜わって楽山焼に従事。 また別説によれば権兵衛の出雲入国を1

萩耳付水指 はぎみみつきみずさし

古萩には水指は少ないですが、中でもこれは珍しく、むしろ異風な水指といえます。何よりも蕨手二段の耳が面白いです。裾丸くふくらみ、高台大きく安定した坐り。首部立ち上がりに細かい竪箆文、肩に印花、腰に波状の箆筋、印花の下には逆

雪獅子 ゆきじし

萩茶碗。筆洗形ですが、もちろん筆洗いとしてつくられたものではなく、茶碗としてつくられたものであり、「田手浦」と同種のものです。釉調と茶の色とが美しい調和をなし、その実用的な効用が、萩焼に対する関心の高さとなります。萩特有

三芳野 みよしの

萩茶碗。この茶碗の見所は高台にあります。高台の白釉は藁灰釉の失透によるもので、これが白く柔らかい淡雪のほのかさを想わせます。そこに茶人はこの茶碗の面目をみたのでしょう。井戸茶碗に似たかいらぎがあり、手取りは柔らかく、形姿

紅萩筒茶碗 べにはぎつつちゃわん

萩焼は、文禄・慶長の役(1592-8)に、毛利輝元に付き随って渡来した朝鮮の陶工李敬によって創始されたやきもので、今日遺存する作品の大部分は、茶陶です。窯址発掘のされないまま、この伝統ある茶陶の発展は未解明の部分が多かっ

萩井戸形茶碗 はぎいどがたちゃわん

萩焼は藩主毛利輝元が連れ帰った朝鮮の陶工李敬が、慶長九年(1604)に萩の松本で開窯したのが創始とされています。伝世しているものは井戸・熊川・粉引など、高麗茶碗を模した茶碗や水指などの雅陶がほとんどですが、初期の発掘破片

田子浦 たごのうら

萩茶碗。名物。古来、茶人の間で特に好まれたのは、萩茶碗や志野茶碗に代表されるような、ふくよかな柔らかさでしょう。そして、この茶碗のようにどこかに明るさがほのかに漂っていれば申し分がありません。形は筆洗形で、釉色は枇杷色。