お話 井上松坪 いのうえしょうへい 陶工。尾張瀬戸の人で、初名を辰次、のちに松兵衛といい、松坪と号しました。1856年(安政三)彦根藩窯湖東焼に招かれ、染め付け・赤絵ともに良工の作品に絵付をしました。1860年(万延元)いったん郷里に帰ったのち京都に移り、磁器を焼成して自分自... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 揖宿土 いぶすきつち 薩摩焼素地の主要原料。帰化朝鮮人の朴平意は薩摩国苗代川村(鹿児島県日置市伊集院町)に移ってから、1614年(慶長一九)島津義弘の命により陶土を国内に探求し、揖宿郡十二町村(指宿市十二町)の白粘土をはじめ種々の原料を発見しました。その後同郡山... 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 今焼 いまやき 「今焼茶碗」または単に「やき茶碗」とだけ呼ぶ場合もあります。古製の器に対して新しく焼かれたものをいいます。天正・文禄・慶長(1573~1615)頃に用いられた語。また楽焼を「いま焼」ということもありますが、その当時焼かれたためであります。 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 井上士朗 いのうえしろう 名古屋の人。尾張国(愛知県)犬山の城主成瀬家の臣久保田某の子で、安永年間(1772-81)の人。訳があって井上家を相続し専庵と号しました。俳諧の心得があり中古芭蕉の称があります。まれに陶器をつくり所掲の款を押し、また発句などを書いました。み... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊兵衛 いへえ もと近江国(滋賀県)の人で京都三条の錦光山の工人でありましたが、のちに尾張国品野(愛知県瀬戸市品野町)に来て同村の基窯八世丹右衛門重徳(1753、宝暦三年4月没)の一女しげを妻とし、この地に初めて京焼を伝えました。(『新編瀬戸窯系統譜考』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 伊万里焼 いまりやき 肥前国(佐賀県)伊万里港を経て販売された肥前産磁器の総称で有田焼を主とします。ただし三川内焼は平戸藩領であったため平戸焼と称して別にしました。有田はわが国における磁器創始の地であるため、他の地方から工人が来てその技術を窺うものが多かったです... 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 井上清二 いのうえせいじ 京都の陶工。名を庄介といい尾張国(愛知県)の人。初め丸窯師・彫り物師として彦根藩窯湖東焼にいましたが、そこの廃止後京都の幹山伝七の工場に入りました。また清水の井上清二の養子となりその死後名を継いで清二と改めました。挽きものが巧みでまた捻りも... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今井儀右衛門 いまいぎえもん 薩摩国(鹿児島県)平佐焼の創始者。薩摩郡平佐郷白和(薩摩川内市白和町)の人。初め出水郡下出水脇元(阿久根市脇本)に磁器製造所を設立したが失敗。1776年(安永五)平佐郷の領主北郷久陣の後援を得て有田から陶工を招き製作。薩摩で純粋の肥前系統の... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊万里屋五郎兵衛 いまりやごろべえ 江戸の陶商。寛文年間(1661-73)仙台藩主伊達侯の依頼で有田に二年間留まり辻喜右衛門に磁器をつくらせ、伊達家からこれを内裏と仙洞御所に献納しました。辻家はこの時から宮中供御の磁器を調達することとなり、以後鍋島家を経て進献しました。(『有... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 井上世外 いのうえせがい 本名馨。明治の財政政治家・外交家。世外はその号。1835年(天保六)長門国(山口県)に生まれ、近代日本資本主義の育成に貢献し、また文化財の保全に努めました。世外はまた1895年(明70治二八)の還暦の頃から東京でしばしば茶会を催し、晩年の1... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典