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茶陶

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京瀬戸 きょうぜと

京瀬戸 きょうぜと京焼初期の茶器。天正・寛永の間(1573-1644) に正意・万右衛門・源十郎・宗伯・茂右衛門・新兵衛・吉兵衛・道味・光存・茶臼屋・茶染屋などが製出した茶器であります。これらの工人の中には職業的陶工なのか好事家なのか不明な...
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京極茄子 きょうごくなすび

大名物。漢作、茄子茶入。一名織田茄子。もと京極家の所持であったことからの名であるでしょうか。その一名織田茄子は織田三五郎(有楽斎の孫、号可休)が所持していたことによります。上品かつ精作で景色に富む茶入であります。もと室町幕府の茶匠半田紹和の...
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玉堂肩衝 ぎょくどうかたつき

大名物。唐物肩衝茶入。かつて玉堂和尚の手にあったのでこの名があります。地色が濃厚なため景色に冴えはありませんが、沈着で威厳があり気宇雄大な茶入であります。もと大内義隆所持、のち山口の竜福寺に寄付、1551年(天文二〇)陶晴賢の乱にこの寺の住...
原色陶器大辞典

紀三井寺 きみいでら

雲堂の模様のある染付ですぐれたものを紀三井寺といいます。『茶怨目利書』に「紀三井寺は順礼の歌の心より染付の一番といふ心なり、雲堂の模様あるを以て紀三井寺ともいふ」とあります。ただし紀三井寺は西国三十三番のうち二番の札所であります。『茶道笙蹄...
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休雪 きゅうせつ

山口県萩焼の陶家。三輪姓で現在は十一代。初代はもと大和国三輪(奈良県桜井市)の人で、名を吉兵衛といい、のち三輪をもって姓となし、寛文(1661-73)頃毛利氏に仕え製陶に従事しました。その作を松本焼・松本萩などと称します。(『本朝陶器孜証』...
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急焼 きびしょ

急焼 キビショは茶を沌ずるのに用いる小器。壺形で蓋・注口・把手を備えます。古くは金属製のものも使われましたが、後世は妬器製・陶器製・磁器製などのものがもっぱら用いられて今日に及んでいます。【名称】キビショウ、キュースなどとも呼ばれ、急須 き...
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黄天目 きてんもく

天目茶碗の一手。『茶湯正伝集』に「黄天目といふも灰蒙の中なり、土は黒めに少し赤み交候也、下薬白く上薬黄色なり、但上へ黒斑の薬かAaINざるを好とす、但黄薬は覆輪銀或は薬止りのあたりに少宛黄色なる薬かすかに見え候を、黄天目といひならはし候也、...
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木目肩衝 きのめかたつき

大名物。漢作、肩衝茶入。名称の由来は不詳だが近江国(滋賀県)の木目城に因縁のある茶入であるでしょうか。もと福島正則の所持、1632年(寛永九)その子正利が父の遺物として将軍秀忠に献じその後秀忠から前田利常に与えられ、一時分家に伝えられたが程...
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吉向焼 きっこうやき

初代吉向治兵衛は通称亀次、伊予国大洲(愛媛県大洲市)の生まれで、父帯屋武兵衛は砥部焼の陶工でありました。明和(1764-72)初年に京都に出て陶法を修め、のち大阪の十三に開窯しました。初め亀次の名に因んで亀甲焼と称しましたが、大阪城代の水野...
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吉州窯 きっしゅうよう

中国江西省吉安府永和鎮にあった窯で、鎮名をとって永和窯ともいいます。文献にはいろいろの記述があるが(「永和窯」の項参照)、近来の知見とはかなり隔たりがあるようです。この窯の起原は唐あるいはそれ以前ともいわれるが定かではないようです。1937...