お話 橋米松 はしよねまつ 栃木県塩谷郡大宮村田所(塩谷町田所)の人。1887年(明治二〇)当時益子焼陶場から法を伝え、八年の研究ののちやっと矢板町倉掛地内(矢板市倉掛)の良質の土を用いて製陶に従事したと伝えます。 2011.07.19 お話人物原色陶器大辞典
お話 萩山金吾 はぎやまきんご 尾張藩士。御庭焼の廃絶を惜しみ嘉永年間(1848-54)請願して同国愛知郡御器所村七本松(名古屋市中区七本松町)に移り萩山焼を焼いました。作品は一種楽焼に似て土は滑らかで赤く、上釉も赤く、これに白または青釉や呉須で絵付しました。器底に萩山焼... 2011.07.18 お話人物原色陶器大辞典
お話 能阿弥 のうあみ 室町幕府の同朋衆。『君台観左右帳記』の著者。1397年(応永四)生まれ。姓は中尾氏、名は真能。鴎斎または春鴎斎と号しました。もと朝倉氏の臣。六代将軍義教から八代義政に歴仕し唐物奉行となりました。画事・表具・立花・香道に巧みで、また連歌に長じ... 2011.07.17 お話人物原色陶器大辞典
お話 納富介次郎 のうとみかいじろう 納富介次郎明治期の窯業界の先覚者。介堂と号しました。肥前国(佐賀県)小城鍋島家の家臣柴田花守の子で、幼い時父に従って有田に移り、画を父の花守に学び、また長崎に行って南画を修得しました。のち訳あって本藩佐賀に転じ納富姓を名乗りました。1862... 2011.07.17 お話人物原色陶器大辞典
お話 ノンコウ のんこう ノンコウ のんこうノンコウ のんこう楽家三代道入。二代常慶の子。名は古兵衛、剃髪後道入と称し、以後楽家の代々がその名に「入」を付けるもとしました。道入は胤八名ノンコウで知られ、実に楽家の最高峰、世にまれな名匠といわれます。ノンコウの名の出所... 2011.07.17 お話人物原色陶器大辞典
お話 南里嘉十 なんりかじゅう 肥前有田白川の陶家。田代半次郎・深海乙吉と並ぶ当時の名工で、鮮麗な青花・光沢のある釉・極真焼などに非凡の技術を現し鍋島家の御用を勤めました。製品は食器が多く、四角の中に篆字で嘉寿または単に嘉とだけ書いた款を用いました。1853年(嘉永六)4... 2011.07.16 お話人物原色陶器大辞典
お話 納屋助左衛門 なやすけざえもん 和泉国(大阪府)堺の商人。通称呂宋助左衛門。納屋は菜屋または魚屋とも書きいわゆる納屋衆の一人であります。1593年(文禄二)呂宋(フィリピン)へ渡航し翌年7月帰国、代官石田杢助を通じて豊臣秀吉に傘・蝋燭・生きた僻香獣二匹を献じ、かつ真壺五十... 2011.07.15 お話人物原色陶器大辞典
お話 中里茂右衛門 なかぎともえもん 肥前国(長崎県)三川内焼の開祖といわれる高麗姐(嬰)の子。1622年(元和八)母と共に三川内(佐世保市三川内町)に移りましたが、のち今村弥次兵衛父子が同じくこの地に移住して以来、中里・今村の二家は特に親密に交わり陶業に尽くしました。なお茂右... 2011.07.15 お話人物原色陶器大辞典
お話 富本憲吉 とみもとけんきち 富本憲吉作 色絵金彩羊歯文壺明治以後に出た最もすぐれた陶芸家の一人。1886年(明治一九)6月、奈良県生駒郡安堵村に生まれました。1909年(同四二)東京美術学校図案科(現東京芸術大学美術学部)を卒業後、イギリスに留学しホイスラーやウイリア... 2011.07.14 お話人物原色陶器大辞典
お話 豊臣秀吉 とよとみひでよし 豊臣 秀吉武人、桃山政権の掌握者。通称藤吉郎、初め木下氏、のち羽柴を称しさらに豊臣と改姓。後世尊ばれて豊太閤と呼ばれました。尾張国(愛知県)に生まれ、長じて信長に仕え縦横俊敏の才をもって武功を重ねて頭角を現しました。1582年(天正一〇)6... 2011.07.14 お話人物原色陶器大辞典