お話 太郎庵 たろうあん 江戸時代中期の茶入。表千家原叟宗左の門人。1682年(天和二)生まれ。尾張名古屋の人。本名高田栄治。家元のところで鈍太郎茶碗を抽籤で引き当てましたので、太郎庵と自称しました。絵を狩野常信に学び、良斎と号しました。ときどき陶器をつくり所掲の符... 2011.07.04 お話人物原色陶器大辞典
お話 田代助作 だしろすけさく 肥前有田の陶商。早くから外国輸出に注目し安政年間(1854-60)に長崎に支店を開き、1860年(万延元)には佐賀藩から有田磁器外国輸出の専売を許され、1866年(慶応二)フランス博覧会に輸出し、1868年(同四)中国上海に支店を設け、18... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 田代清治右衛門 だしろせいじえもん 福島県相馬市中村の相馬駒焼の創始者。初名五郎左衛門信清(五右衛門・源五右衛門ともある)。野野村仁清に学んでから清治右衛門と称したと伝えられます。相馬焼開創の年代には異説が多い子孫が継業して十四代に及んです。なお十一代清治右衛門為清は1867... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 田代紋左衛門 だしろもんざえもん 肥前有田の人。1842年(天保一三)に許可された久富与次兵衛に次いで外国貿易を許され、もっぱら弟慶右衛門らに当たらせたが、ひそかに貿易品を三川内窯につくらせ、これを有田で絵付して肥喋山春甫製の銘を付したので、同地窯焼業者は憤慨し、深海政之助... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 立花実山 たちぱなじつざん 筑前国(福岡県)黒田藩の臣。茶道南坊流の祖。名は重根、通称五左衛門。実山のほかに宗有とも称し、松月庵・而生斎・来也堂・寸魚堂の諸号があります。藩主光之に用いられ累進二千五百石を給されました。光之の世子綱之が廃嫡となった時実山は綱政を擁立しま... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 辰次 たつじ 彦根藩窯湖東焼の陶画工。尾張国瀬戸村(愛知県瀬戸市)の人で、1856年(安政三)11月御抱えとなり名を新介と改名。染付および赤絵を描いたが1859年(同六)に辞して帰郷、のち京都に移って名を井上松兵衛と改め松坪と号しました。(『湖東焼之研究... 2011.07.03 お話人物原色陶器大辞典
お話 高橋帯庵 たかはしそうあん 実業家。名は義雄。1861年(文久元)生まれ。1882年(明治一五)慶応義塾を卒業し時事新聞記者となり、外遊後三井合名会社に入りのち三越の重役となりました。早くから益田鈍翁などと共に明治・大正の実業家茶人の中心として、護国寺大師会・昭和北野... 2011.07.02 お話人物原色陶器大辞典
お話 山上宗二 やまのうえそうじ 茶人。1544年(天文一三)生まれ。瓢庵と号した。堺の人、屋号薩摩屋。利休二十年来の弟子小壺の大事を相伝した。また名物虚堂の墨蹟を所有し、「乙御前、釜、此釜信長公ヨリ山上宗二拝領シ関白様へ進上」(『山上宗二記』)と見え早くから茶名があったが... 2011.07.02 お話人物原色陶器大辞典
お話 高取善十郎 たかとりぜんじゅうろう 筑前国(福岡県)高取焼の陶工。1600年(慶長五)豊前国(福岡県)上野から筑前国穂波郡中村(朝倉市中)に来て鷹取古城山の麓で製陶しましたが、のち寛文年間(1661-73)に家を三地に分けるに及び、上座郡(朝倉郡)小石原村中野に移り、一時は西... 2011.07.02 お話人物原色陶器大辞典
お話 帯山与兵衛 たいざんよへえ 京都の陶家。初代高橋藤九郎は近江佐々木氏の遺臣であります。延宝年中(1673-81)京都粟田東町(東山区)に住み陶業を創始し、帯山と称しました。それは粟田山を帯びるの義によるといいます。二代与兵衛は享保年中(1716-36)に抹茶器を製し、... 2011.07.01 お話人物原色陶器大辞典