竹中小肩衝 だけなかこかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。竹中半兵衛重治が豊臣秀吉からこの茶入を拝領したのでこの名があります。 総体に栗色および小豆色で、地肌にぶつぶつと膨れがあるようで、釉沢が麗しく、肩下の柿金気抜けのある景色のおもしろさは鑑賞すべきもの

滝津 たきつ

名物。真中古茶入、正信春慶。阿部豊後の歌「山深み滝津はや川音すみてこころの塵に松風ぞ吹く」の歌意によって銘しました。 原所持者不明、姫路藩主酒井家伝来。(『大正名器鑑』『茶道名物考』)

高根肩衝 たかねかたつき

名物。古瀬戸肩衝茶入。茶入の品趣を山に思い寄せての銘であるでしょう。舟橋長左衛門所持、神尾大和守、坂本周斎を経て藤田家に大りました。 (『古今名物類聚』『大正名器鑑』)

染色 そめいろ

中興名物。真中古茶入、面取手。柿地に黒釉なだれが見事であるので小堀遠州が染色と名付けた。 土屋相模守所持、1792年(寛政四)松平不昧に大り以来雲州家に伝来。(『名物記』『古今名物類聚』『大正名器鑑』)

宗半肩衝 そうはんかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。中川宗半の所持であったのでこの名があります。 また中川肩衝の異名もあります。 かつて利休のもとにあった時は螢と呼ばれましたが、これは底に赤味があるからであるでしょう。ほっそりとした肩衝茶入で漢作とし

宗悟茄子 そうごなすび

大名物。漢作茄子茶入。紹鴎の師十四屋宗悟の所持した茶入で、茄子としては大形のほうに属し、形状優美・釉色鮮麗で古来有名な茶入であります。 宗悟ののち織田三五郎可休を経て徳川幕府の所有となったが、1694年(元禄七)土屋相模

瀬戸柿 せとかき

名物。古瀬戸柿茶入。土屋相模守所持、1792年(寛政四)木下大和守に伝わり、のち諸家を転伝して東京の益田家に大りました。 (『大正名器鑑』)

瀬戸小大海 せとこだいかい

中興名物。古瀬戸春慶茶入。総体栗色地に黄釉がむらむらと掛かっています。 朝日春慶手と思われ、手取りは軽く釉沢が美しく、全体に無疵の茶入であります。 土屋左門所持、木下侯、朽木隠岐守、信濃国上田藩主松平伊賀守と伝わり、大正

勢高肩衝 せいたかかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。丈が高いゆえにこの名を得たのであるでしょう。一度大災に遇ったために地釉は壊れ景色も鮮明でないようです。 和泉国(大阪府)堺の山岡宗無所持、織田信長に伝わり本能寺の乱に大厄にかかったといいます。 その

成高肩衝 せいたかかたつき

名物。古瀬戸肩衝茶入。丈が高いゆえの名であるでしょう。藤堂和泉守所持、1708年(宝永五)同家より幕府に献上し以来徳川宗家に伝来。(『大正名器鑑』)

勢至芋子 せいしいものこ

中興名物。古瀬戸芋子茶入。肩下から胴にかけ黄釉で縁をとった黒釉の模様が、後光を背負った勢至菩薩の立像のようなのでこの名があります。 小堀遠州所持、久しく同家にあったがのち森川五郎右衛門、鹿島清兵衛を経て馬越家に大りました