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原色陶器大辞典

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隅田川焼 すみだがわやき

江戸の楽陶。1819年(文政二)頃佐原菊鳩が向島(墨田区)百花園内に起こしたもので、隅田川中州の土を採り、多く都烏の絵を描いた器または都鳥の香合などをつくりました。菊鳩の陶法は京都の名工周平より受けたともいい、あるいは酒井抱一が持っていた乾...
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鈴鹿山 すずかやま

中興名物。真中古茶入、大瓶手。銘は『後撰集』藤原定家「えぞ過ぎぬこれや鈴鹿の関ならむふりすてがたきはなの影かな」の歌意による。品位に乏しいが景色のおもしろい茶入であります。1702年(元禄一五)松平左近将監乗邑の手に大り、のち堀田相模守を経...
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陶邑古窯址群 すえむらこようしぐん

大阪南部の丘陵地帯に分布する須恵器窯跡群。窯跡の分布する範囲は、『記紀』に開繋記事のある狭山池の周辺から、西は久米田池東方の丘陵に及ぶ東西一五キロ、南北九キロの地域であります。現在の行政区画では大阪府南河内郡狭山町・堺市・和泉市および岸和田...
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枢府窯 すうふよう

中国元朝の進御器で、饒州(景徳鎮)において供造した窯器であります。用命があると製陶し、なければ止めました。各種の式器があるようで、内部に必ず枢府の字号を浮彫りしました。土は必ず細白で、胎は滑らかであります。質は薄いものを貴び、式は多く小足で...
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水滴茶入 すいてきちゃいれ

水滴を抹茶入に用いることは足利義政に始まるといいます。相阿弥の絵図にもみえて「弦つぽ水滴とも云」とあります。初めは唐物を用いました。また美男鬘を削って大れておいた徳利を茶入に転用したものをも水滴茶入といいます。初代藤四郎の作といわれるものが...
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甚兵衛焼 じんべえやき

和歌山県の古陶。現在の和歌山市東瓦町のあたりで1619、二〇年(元和五、六)頃から瓦師寺嶋甚兵衛が焼いたものです。遺品ははなはだまれで、わずかに茶碗(高麗写し・呉器写し)、’鬼瓦形の掛け花生、百合花の向付、茶入などであります。どれにも甚兵衛...
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吸坂焼 すいさかやき

加賀国江沼郡南郷村(石川県加賀市南郷町)にあったものです。その創起の年暦については諸説があります。一説に寛永年間(1624-44)加賀藩三代前田利常が瀬戸その他から陶工を招き、吸坂村(加賀市吸坂町)において茶器類を焼かせだのに始まるといいま...
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新兵衛 しんべえ

いわゆる後窯茶入作家の一大である有来新兵衛(一説に浦井)。元来は陶工ではなく京都三条通り柳馬場東大ルに住み糸割符の業を営んでいたが、茶道を小堀遠州に習得し、また性来陶器をつくることを好み佐々竹庵について法を得た。その作は中興名物の班に列した...
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辰砂釉 しんしゃぐすり

磁器に用いる色釉の一種で、血紅色を呈するものです。昔から中国において製され、朝鮮やわが国においてもまたこれに倣りました。辰砂釉の名は硫化水銀から成る天然朱の辰砂の色とその色を同じくするので名付けられたものであるでしょう。この血紅色を現わすた...
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白唐津 しろがらつ

唐津焼の一種。釉色によってこの名があります。鬼子嶽の杉谷窯から出た。