金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

原色陶器大辞典

お話

横石藤七兵衛 よこいしとうしちべえ

肥前国東彼杵郡木原山(長崎県佐世保市)の陶工。同地横石左衛門(金久永の弟子)の三代久七兵衛の二男、1713年(正徳三)生まれ。元文年間(1736~41)初めて肥後国(熊本県)天草郡深江村で石英粗面岩いわゆる天草石を発見し、その子藤次左衛門を...
お話

勇次郎 ゆうじろう

肥前国伊万里(佐賀県伊万里市)の人。有田において製陶および陶画の法を修め、1817年(文化一四)加賀国(石川県)若杉窯に来て本多貞吉の陶業を助け、また貞吉の没後を受けて同窯の主工となった。1837年(天保八)能登国正院村(石川県珠洲市)の弥...
お話

勇七 ゆうしち

肥前国西松浦郡大川内焼(佐賀県伊万里市大川内町)の陶工副島勇七。祐七とも書き天明年間(1781~19)の人。彫刻の技に長じていたが、平生から監督者との折り合いがよくなく、ついに他国に出奔してみだりに国禁の陶法を伝えた。鍋島藩は捕吏小林伝内を...
お話

残月肩衝 ざんげつかたつき

残月肩衝漢作唐物肩衝茶入。大名物。金森得水著 『古今茶話』には、榊原家に「残「月」という名物の茶入があり、それは家に代々伝わっていた多葉粉盆の灰吹を、ある人がみて面白いものとしてとり上げました。幸い月の残ったように釉溜りがあるので「残月」と...
お話

藪内紹智 やぶのうちじょうち

茶人。藪内流第一世。1536年(天文五)生まれ。諱は宗胤、字は子的、藪中斎と号し、和泉国(大阪府)堺の人。春屋禅師に参じて剣仲の道号を与えられた。宗巴(道号寸斎)の養嗣。その妻織部の妹と伝えられる。利休に師事し織部に親しんだが仕官せず目利を...
お話

八重山焼 やえやまやき

琉球(沖縄県)八重山群島石垣島の陶器。島人の石垣という者がまず沖縄本島那覇に赴いて陶法を伝習し、1724年(享保九)十一月国命を受けた泉崎の仲村渠致元を伴って帰った。致元は島人を指導して山田平で製陶を始め、1726年(同一一)その製品を主に...
お話

猿若 さるわか

猿若瀬戸真中古窯茶入、野田手。中興名物。「猿若」の銘は清水道閑の異名で、道閑が仙台侯の茶道に招かれて東下するとき、小堀遠州がこれを餞別に贈り、短冊に「とじめざっ よ君が袖のうちに我がたましひを入れてこ「そやれ」と歌を添えたことから命銘され、...
お話

万屋藤九郎 よろずやとうくろう

『郷村記』の記録するところによれば、藤九郎は江戸の町人で、慶長年間(1596~1615)時の押役に請願し初めて肥前国東彼杵郡三股(長崎県東彼杵郡波佐見町三股)に窯を設け、以来中尾窯・永尾窯・稗古場窯などが開けたとするが、『日本陶磁器史論』の...
お話

さび助 さびすけ

さび助古備前焼茶入。八幡名物。その姿がいかにも、もの佗びた趣をもつところから命銘されました。元箱は松花堂所持のとき火災により焼失したため、松花堂筆で箱裏に「古織部殿御持料」とあり、古田織部が備前の土で新兵衛に命じて焼かせたものと伝えられ、銘...
お話

本山彦一 もとやまひこいち

毎日新聞社の創立者として名高いが、考古、古陶磁に深い関心を示したことでも知られる。1852年(嘉永五)肥後国(熊本県)に生まれ、1867年(慶応三)熊本藩の藩校時習館に学んだのち、1871年(明治四)慶応義塾に入り、卒業後大阪に毎日新聞社を...