金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

古筆切

古筆切

元暦校本万葉集切 げんりゃくこうほんまんようしゅうぎれ

元暦校本万葉集切伝源 順筆。『万葉集』巻十断簡。『元暦校本万葉集』は巻二十に元暦元年(1184)六月九日校合の奥書があるため命名された。『増補古筆名葉集』に「難波切」(巻十四断簡)と称される切は、明和三年(1766) 伊勢国射和の富山惣兵衛...
古筆切

慶賀之文 けいがのふみ

慶賀之文藤原定家筆。大名物。消息文。定家(1162~1241)は正治二年(1200)正四位となったが、その後十数年昇進の沙汰なく、中文(重文・東京国立博物館蔵)をしたためて上申したが認められず、再三の執拗な運動の結果、建仁二年(1202)閏...
古筆切

熊野類懐紙 くまのるいかいし

熊野類懐紙藤原信綱筆。一首和歌。信綱の一首懐紙は正治二年七月四日当座の「花有悦色」と「関路月」「正月」、本図の四葉が知られ、この懐紙では端作りに三行にわたる漢文の序が添えられている。行幸に供奉した帰途、摂津国江口のあたりで、五人の遊女を召し...
古筆切

熊野類懐紙 くまのるいかいし

熊野類懐紙藤原長房筆。重文。一首和歌。熊野行幸に供奉した人たちが他所での歌会に書きとめた懐紙を「熊野類懐紙」と称している。この懐紙は正治二年七月四日宮中で催された御当座のもので、後鳥羽院・家長・公経・庸季・信綱ら六葉が知られる。これらは大正...
古筆切

熊野懐紙 くまのかいし

熊野懐紙源家長筆。重文。熊野行幸二首和歌。正治二年十二月六日、滝尻王子における御法楽のときの一座の和歌懐紙で、詠題は「山河水鳥・旅宿埋火」である。同月三日、切目王子で「遠山落葉・海辺晩望」を詠進された後鳥羽院および供奉の人々、源通親・藤原範...
古筆切

熊野懐紙 くまのかいし

熊野懐紙藤原雅経筆。重文。熊野行幸二首和歌。現存が確認されている「熊野懐「紙」は三十三葉であるが、「行路氷・暮炭竈」は後鳥羽院・家隆・寂蓮ら四葉が知られる。冬の歌会であり「古谿冬朝・寒夜待春」と同様正治二年(1200) 十一月行幸の際のもの...
古筆切

熊野懐紙 くまのかいし

熊野懐紙後鳥羽院筆。国宝。熊野行幸二首和歌。後鳥羽院(1180~1239)が熊野行幸の道すがら王子社で催された法楽の御歌会の懐紙。院は建久九年(1198)19歳で譲位されたが、その後、熊野行幸は隠岐遷幸の承久三年まで続けられ、その間二十四年...
古筆切

九品和歌懐紙 くぼんわかかいし

九品和歌懐紙藤原家隆筆。中品下生一首和歌。家隆(1158~1237)は壬生家隆と称し俊成門下の歌人で、従二位宮内卿となり薙髪して仏性・壬生二品と号す。『新古今集』の撰者に加わり、家集 『王二集』を残した。また利休愛誦歌として知られる「春をの...
古筆切

絹地切 きぬじぎれ

絹地切伝藤原佐理筆。重文。『拾遺集』巻五断簡。綾絹に賀歌を書写したので「賀歌切」ともいう。最近では「綾地歌切」とも称し四首が知られる。いずれも『拾遺集』所載の歌であるが、順序が逆で巻五を巻末から巻頭へ抜書したようにみえ、歌詞も多少異なってい...
古筆切

巻子本古今集切 かんすぽんこきんしゅうぎれ

巻子本古今集切伝源俊頼筆。『古今集』巻四断簡。仮名序一巻(大倉集古館蔵)および巻十るろうせんこれふさ三の十五枚継ぎ零巻(平瀬家蔵)を除いてほとんど断簡として表装されていとおし筆者は「筋切」「通切」と同一人と考えられ、遺存の各切は、唐紙と蠟箋...