飴釉茶碗 銘紙屋 112

高さ9.0cm 口径11.7~12.2cm 高台径5.4cm 黒塗の内箱蓋表に金粉字形で「光悦焼」とあり、蓋裏に「本阿弥光悦手造茶碗 余先世不生斎光悦の茶に招し折所望して所持すること久し ある人の多年懇望に任せ譲しを 今

赤茶碗 銘雪峯 111

重要文化財高さ9.5cm 口径10.5~11.4cm 高台径4.1cm畠山記念館 溜塗の内箱蓋表に金粉字形で「雪峯」の二字が書され、その筆蹟が光悦風であるため、古来光悦筆の共箱とされているが、箱行きなどから推して光悦共箱

赤筒茶碗 銘弁財天 110

高さ10.1cm 口径9.9cm 高台径4.8cm 内箱蓋表の「光悦筒 茶碗」の金粉字形の筆者は三谷宗鎮、外箱蓋裏には藪内輝翁が「粉文字 宗鎮筆 追銘弁財天 ヤフ輝翁(花押)」としたためている。三谷宗鎮は京都の出で伊藤東

赤茶碗 銘乙御前 109

高さ9.0cm 口径10.0~10.8cm 高台径4.0cm内箱蓋裏に「ヲトコセ」と書き付けているが、その筆者について、かつての所持者平瀬露香は「筥書何人を志らす」と覆紙に記している。しかしその筆体から推測すれば、おそら

赤茶碗 銘毘沙門堂 108

高さ9.9cm 口径11.9cm 高台径5.9cm 内箱蓋表に「ビシヤモントヲ 赤光悦茶碗 内之書付 久嘉手跡□□(花押)玄々斎托叟」とあり、蓋裏に「此茶わん山科ノ 宮様へ光悦被上候也 すくに高野是閑拝領 是閑より此方へ

赤茶碗 銘加賀光悦 107

重要文化財高さ10.1cm 口径11.6~12.6cm 高台径5.9cm萬野美術館 内箱蓋裏に「赤茶碗 加賀光悦 於加州仙叟所持 宗乾(花押)仙々斎伝来ス」と今日庵第七世竺叟が書き付け、外箱はのちの所持者松平不昧が「光悦

黒茶碗 銘七里 105

高さ8.6cm 口径12.2cm 高台径5.2cm五島美術館 内箱蓋表に金粉字形であらわされた「光悦」の筆者は不詳。桑の外箱蓋表の「七里光悦」の墨書も誰の筆か判然としない。「七里」の銘は、七里彦右衛門なる人が所持していた

黒茶碗 銘雨雲 104

重要文化財高さ8.8cm 口径11.7~12.3cm 高台径6.1cm三井文庫 内箱蓋裏に覚々斎原叟が「光悦黒茶碗 銘 雨雲 左(花押)」と書き付けている。「時雨」とともに光悦黒茶碗の代表作として名高いものである。姿も「

黒茶碗 銘くいちがゐ 106

高さ8.2cm 口径10.8~12.9cm 高台径4.8cm 内箱蓋裏は如心斎の書付。円形の高台の作振りが「七里」や「不二山」と似ており、その作振りは光悦独特のもので、後世の光悦写ではあらわしえないところである。 ロ部を

黒茶碗 銘時雨 103

高さ8.8cm 口径11.2~12.4cm 高台径4.7cm 内箱の蓋表に金粉字形であらわされた「時雨」の二字は、京都曼殊院門跡良尚法親王の筆と伝えられ、その銘は釉がかりの薄い黒茶碗の景色に因んでのものと思われる。外箱の

白片身替茶碗 銘不二山 102

国宝高さ8.5cm 口径11.6cm 高台径5.4cm 内箱蓋表に「不二山 大虚蕃図」と本阿弥光悦自身が書き付けているが、伝世の光悦茶碗のなかで光悦共箱といえるものはこれ一つである。光悦茶碗中第一の名作と称され、桃山時代

膳所焼 ぜぜやき

近江国膳所(滋賀県大津市膳所)の陶器。膳所焼の起こりとしては、『松屋会記』元和八年(1622)の記事に瀬田焼の名がみえているのが、おそらく最古のものであるでしょう。1621年(元和七)から1634年(寛永一口までの膳所城
本阿弥光悦 kouetsu 解説